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オレオレ詐欺に勝る老人

 私は残された。30年前に妻、そして去年に息子が亡くなった。まさかこんなことになるとは思わなかった。子供が父親よりも先立ってしまうなんて。できれば私も一緒につれていってほしかった。今日でたった一人の誕生日を迎える私。121歳になった。

「春子・・・、太郎・・・・寂しいよ」

 毎日同じ夢を見る。高齢で動けなくなった息子を介護する私。121歳の父親が動けなくなった85歳の息子を介護する。何とも言えない光景だったが、一人の家族を私がこうやって介護していると思うと、それだけで幸せだった。息子はもう動けないが会話はできた。
「お父さん、ごめんな。本当は俺が・・・」
「いいんだ。俺は長生きできたことを誇りに思うよ。こうやってお前を最後まで見ることができるんだから」
「お父さん、一人になっても諦めないでね・・・」

 

 不意に電話のベルがけたたましくなった。その音が悲しみにふけていた私を現実に戻す。電話に出た。
「もしもし、山岡です」
「もしもし、俺。俺だよオレオレ」
 相手は若い男性の声だった。
「え?」
 なれなれしいが、聞き覚えのない声だった。
「俺だよ、太郎だよ!お父さん元気にしてたかい!」
「太郎!太郎・・・本当にお前なのかい!!」
 私は太郎という言葉に反応した。嬉しさのあまり相手の声を疑う余地もなく、感情を高ぶらせた。

「そうだよ太郎だよ。いや~嬉しいな」
「太郎、寂しいよ太郎!」
 受話器を持つ手に力が入る。
「俺も寂しいよ。でも・・・事故にあっちゃって」
 電話の男はあらかじめ、山岡の家族構成、居住状況などを調べていた。
「事故!?迎えに行こうか!」
「大丈夫だ、とにかく金が必要なんだ。今から言うとこに振り込んでくれ」
 慣れているのか、まるで本当に実の息子が懇願するような声で言った。迫真の演技だった。だが、その手際の良い準備や演技力も次の山岡の一言でかき消された。

「太郎。お前が生きていて本当によかったよ」
 受話器を持つ山岡の手は震えていた。
「え?」
「一緒に死のう。お前がそこにいるのは分かってるんだ!」
 勢いよく窓を開けた。そこには携帯を片手に持った男がすっとんきょうな表情で立っていた。この男が電話の主である。男が山岡の何かを覚悟したような目つきを見ると、危険を察知したのか一瞬で顔が青ざめた。

 山岡は男がいなくならないように常に視界に捉えながら、素早く物置から斧を取り出した。
「太郎!さぁ、一緒に死のう!!」
 その斧を振り上げ、121歳とは思えない動きで男に飛びかかってきた。
「ひいい!!」
 男は間一髪で山岡の攻撃をよけた。
「だ・・・だれか助けてくれ!!」
 そのまま山岡に背を向け、逃げだした。しかし山岡は追いかけこなかった。それは、男が逃げるときに落とした携帯を拾ったからだった。早速、携帯の中身を拝見する。太郎の顔の写真を探したがどこにもなかった。今逃げた男の顔の写真ならいくらでもある。ここで、ようやくオレオレ詐欺だったことに気付く。

「じゃあ、振り込んでやるか」
 山岡はオレオレ詐欺だと分かっても動じなかった。その携帯を持ったまま、最寄駅のキャッシュコーナーへ向かった。携帯が何度か鳴ったが無視した。オレオレ詐欺の男が携帯落としたことに気付いたようだ。男は公衆電話からかけていた。

 振り込みが終わってしばらくすると、ふたたび電話が鳴った。山岡はそれを待っていたかのように電話に出た。
「・・・お、俺の携帯・・・返せ」
 声が震えている。また斧で襲い掛かってくるのを恐れているようだ。
「振り込んでやったよ」
「え?」
「振り込んだから、太郎をこの世によみがえらせてくれ」
「む・・・無理だ、い・・・いくら振り込んだ」
「今月キャバクラで厳しいから、1500円だ」
 山岡は自分が生活に困っていることを声のトーンで表すように言った。そのまま話を続ける。

「だから太郎を復活させてくれ。そうしないと、この携帯に登録している者全員にお前の情報をばらまくぞ。きっとオレオレ詐欺の被害者も多いだろうなぁ・・・」
「や・・・やめろ!ほ、本当に無理なんだ・・・」
 電話越しで相手がひどく狼狽しているのが分かる。山岡はこの男に太郎の復活は無理だろうと悟った。だが、諦めるわけにはいかなかった。

1年後

「お父様、肩をもみましょうか」
「おお、頼むぞ太郎2号」
 オレオレ詐欺の男は山岡の息子2号になっていた。

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