俺はひどい男だ。邪魔な奴がいると、とても大きくて臭い屁をかましてどかす。もちろん、恥ずかしいなんてこれっぽっちも思っていない。屁をこくなんて人間的に当たり前だからだ。隠さず堂々とかましてやればいい。 それに俺はでか臭い屁に対して価値観を持っている。
そんな俺が来週、10キロロードレースに出場することになった。事の発端は、つい最近の出来事。砂場で屁の練習をしていると、偶然隣の路上で市民マラソン大会が開催されていた。
俺はそれを見て愕然とした。なんて遅いペースなんだと思った。学生の頃、29分で10キロを走った経験がある。今でも31分台は出せる。大会のトップランナーは35分台だった。参加人数100名。優勝商品は商品券1万円分。
「ボン!!」
興奮して屁が出た。31分全力で走るだけで1万円がもらえるなんて・・・。
「ビリッ!!」
屁の空圧でズボンのケツが破けた。恥ずかしい。俺は露になったケツを両手で覆い隠しながら家に帰った。
早速部屋のパソコンを起動し、市民マラソン大会を検索する。どうも最近ランニングブームのようでどこでも10キロレースが週末、当たり前のように開催されている。適当に近場の大会にエントリーした。
レース当日
大会名は横浜市民10キロ大会。参加者は総勢1200名。川沿いのサイクリングロードを走る。5キロで折り返し、戻ってくるようになっている。昨年の優勝タイムは33分台。賞金はもちろん1万円で、上位3位までもらえるらしい。優勝者には賞金に加え、参加費を返金してもらえるオマケがついてくる。これが幾多の10キロレースのなか、ここにエントリーする決定打となった。
俺はランパンランシャツで準備運動を始めた。アップジョグをしていると、後ろから軽やかな足音が聞こえてきた。追い抜かれそうになるが、こんなところでムキになっても体力の無駄なので、抜き返さないことにした。横に並び一瞥すると、俺は目を疑った。それはケニア人だったのだ。
「え?」
頭の中でできあがった積み木が崩れていく。細いふくらはぎ、盛り上がった尻。そしてケニア人独特の流れるようなフォーム。どうみても30分は切れそうな脚だ。そのとき俺は気づいていなかった。あと二人超高速ランナーが待ち構えていることに。
「シュポポポポ・・・・」
小さな屁を連発した。ネガティブな心理が小さなへを誘発する。もともと大きな屁だが、腸の中で細かく分断されてしまうのだ。正直、ケニア人に勝つ自信はなかった。崩れていった積み木をどうやって積みなおすか、頭の中で構想を練っていく。
「そうだ、イモを食おう」
俺の答えは結局、そこにたどり着いた。スタートまでまだ2時間もある。近くのコンビニへ向かった。
コンビニで充電完了。スタートまで20分を切った。イモで俺の腹の中は空気でパンパンになっているので、必要なときにいつでも屁をかますことができる。あと、ついでにニンニクも食っておいた。屁にニンニク臭を足すことで、臭気がさらに強さを帯びてくる。
スタート地点の先頭に立つと、やはり横にケニア人がいた。・・・スタート5分前を切った。作戦は、まず全力で先頭をキープし、ケニア人に抜かれそうになったところで、屁をぶちかますこと。はずしたら何度でもかませばいい。自分の屁の積載量に自信があった。
そして号砲がなった。俺はキロ2分40秒ペースで飛び出す。作戦は成功した。俺の前には誰も出てこない。500メートル通過で、足音が聞こえてきた。俺についてこれる奴は間違いなくあいつだけだ。作戦通りケツを構えた。近づいてきたところででかいやつをぶちかます。
「ボシュウーーー!!」
顔めがけて放った。ケニア人の顔に直撃する。
「アンタ、ナニスル~、ゴホッゴホッ」足音が聞こえなくなった。これからは俺の独壇場だ。 淡々と距離を刻んでいく。応援には余裕あるフリをして応えた。一応表彰台に立つときは、なるべく多くの人を味方をつけたい。そういう狙いもあった。
ただ、レースはこれで終わりではなかった。6キロ通過で、後方から足音が近づいてきているのが分かった。それは次第に大きくなる。俺のペースが落ちているわけではない。最初はともかく、2キロ以降は安定してキロ3分5~10秒ペースをキープしているはずだ。俺は時計を見るフリしつつ、後方を一瞥した。別のケニア人が二人競っている。おそらく遅れてスタートしたのだろう。
「よし、近づいて来い」
俺はケツを二人に向けた。二人のケニア人が鼻をつまんだ。おそらく俺の屁を食らったケニア人から教えてもらったのだろう。だがそれは計算済みだった。結局口から屁が入っていくので、ダメージを食らうはずである。それは激辛唐辛子を口に含んだときよりも強烈なもの。それだけ俺の屁は特殊なのだ。
「さあ、俺の屁を食らいやがれ」
ケツに力を込めた。
「バババババババババン!!」
マシンガンのように屁を放っていく。二人のケニア人がもろに食らった。だが、倒れたのは一人だけ。もう一人は何ともなかった。こちらの屁を警戒すると思いきや、自ら近づいてくる。
「何だお前は!?」
「ワタシの屁はもっと強烈。世界のへを見せてアゲるために、この大会に参加した」
「え?」
横に並ばれると、目の前に大きな手が現れた。それはケニア人のすかしっ屁だった。今まで体験したこともないような地獄の臭気が鼻を突く。一瞬、頭からイカヅチが落ちたような感覚が走る。
「ぎゃああああああ!」
別次元とも呼べるそれは、どんな匂いなのか判別がつかない。それは明らかに屁と呼べるものではではなかった。だが、実際には屁なのだ。体の中で通常の屁を極限まで臭くし、人類には創造できない臭さへと昇華させていったのだ。
「ナンマンダブ、ワタシの勝利ね」
俺は倒れた。これが世界の屁。世界の屁を食らって倒れたのなら本望だ。