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男性専用車両

「あ、やっべー電車に乗り遅れてしまう」

 僕の名前は鍵沼健太25歳。今日から社会人だ。新調のスーツに、これでもかというほどに整えた身だしなみ。完璧だった。第一印象は見た目が大事だと親から教わっていた。

「ドアが閉まります、ご注意ください」

 電車は空いていた。そこに腰掛けようとしたが、寸前でためらった。せっかくの新調のスーツを汚すわけにはいかない。一日だけでいいので我慢することにした。そして、つり革に手を伸ばそうとするが、途中で手が止まった。

 鼻くそがたくさんついていた。このつり革を利用していた人は電車の中で堂々とハナクソをほじくっていたのだろうか。だが、それだけではなかった。あちこちにエロ本などが落ちている。

「な・・・なんだこりゃあ」
「ここ、男性専用車両だよ」
「へ?」

 声のするところに振り向く。その男はパンツいっちょだった。

「何でパンツいっちょなんですか?」
「男性専用車両だからだよ」当たり前のように答えた。

 いつのまにそんな車両ができたのだろうか。学生時代はバス通学だった。電車を利用するのも半年振りなので、変わっていて当然だがここまで変わっているとは。
次の駅に着いた。ドアが開いた瞬間、大勢の男性がどっと入ってきた。僕はその勢いで車両の奥まで押されていった。

 過半数がおもむろに服を脱ぎ、パンツ姿に。それぞれ周りの目をまったく気にせず男性特有の行動を開始する。育毛剤を頭に振り掛ける者、脛の毛をむしってそのまま食べる者、鼻ほじる者、女性の目がないので何でもありだった。全裸になってファブリーズを前身にかけるツワモノもいる。

「へんなところにはいっちまったなぁ・・・まてよ」
ただ、車両の端に追いやられたのは好都合だった。チラッと隣の車両を見た。空いている。僕は逃げるように移動した。

「キャー!!」
女性の悲鳴。僕を除いて全員女性だった。まるで敵を見るような視線が一斉に集まる。
「変態はでていけ!」
おばさんのビンタを食らい、元の車両に戻された。女性専用車両だったようだ。

「大丈夫かお前?この電車は男性専用車両と女性専用車両と、あれしかないんだよ」
さっき話しかけてきた男が僕に言った。最後の"あれ"が気になった。
「あの・・・、あれって何ですか?」
「オカマだよ、オカマ専用車両」
「お・・・オカマですか!?」

 僕は考えた。女性専用車両にはまず入れない。しかし男性専用車両は不潔でくさくて居心地が悪い。オカマ専用車両はどうだろうか。オカマは女性の気持ちになっている男性。きっと不潔ではないはずだ。頭の中の天秤がようやく傾いた。人垣を縫うように男性専用車両をつき抜け、オカマ専用車両を目指す。

 ようやくたどり着くと、
「あら、かわいい坊や」
厚化粧をしたドレス姿の男性が話しかけてきた。
「え?」
そこは別世界だった。男同士で皆、いちゃいちゃしている。逃げるように引き返そうとすると、腕を捕まれた。それは力強くいくら振り払おうとしても放してくれない。

「逃がさわないよぉおおお!!」
「た・・・助けてくれー!!」

そして僕の人生は終わった。

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