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トイレの天井に張り付いてる男

「ふぅー」

 新宿中央公園のトイレで、一人のサラリーマンが用を足していた。毎日のように続く残業の中、過労でまいっている。仕事を終えて、一息ついたところだった。腕時計に目をやると、23時だった。家で家族が待っている。水を流した。

「45点だ」
「え?」

 水の流れる音とともに、天井から声が聞こえてきた。気のせいだと思っていたら、再び声が聞こえてきた。

「手はちゃんと洗えよ」

 今度ははっきりと聞こえた。サラリーマンは見上げる。

「ぎゃああああ!!」

 天井にボロをまとった男が張り付いていた。汚れで真っ黒になったその姿は、清掃の行き届いていない汚いトイレと同化していた。男が怪しげな笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。

「恐れることはない。私はあなたがどうやって用を足しているのか観察してあげてるんだ。ちゃんと外に出るまで面倒を見てあげるからね。ふっふっふっふっふ。とりあえず、45点ということで45個あげよう」

 不意に、”黒い物体”が上からパラパラ落ちてきた。男のほうをよく見てみると、慣れた手つきで自分の垢を丸めて玉を作っていた。黒い物体の正体だった。 落ちた数は45個でぴったり止まった。

「何だその顔は。もっと素直に喜べ」
「た・・・助けて!!」

 サラリーマンは決死の形相で逃げだした。だが、この出来事を現実と受け取ってはいなかった。過労による幻覚だと思っていた。3日後、ふたたび同じトイレに入ることになる。

3日後の夜

「ふぅ・・・もう仕事やめたいよ」

 3日後の23時。相変わらず清掃が行き届いていないため、匂いはきつい。それでも居心地が良かった。一人になれるところは、ここ以外ほかにない。だが、この日も例の男はしっかりと真上に張り付いていた。汚いトイレの個室と同化していて、目立たない。そして体の向きは天井だが、顔の向きはしっかりとサラリーマンで、用を足すのを待つかのようにじっと凝視しつづけている。目を血走らせ、瞬きひとつしない。

 時間が刻々と過ぎていき、とうとう天井に張り付いている男の我慢が限界に達した。数年間洗っていない自分の体をガリガリ掻き回し、垢がボトボト落としてきた。サラリーマンがそれにようやく気づく。見上げると、いつ襲い掛かってくるか分からない血管の浮き上がった赤い顔に圧倒され、恐怖のあまり身動きが取れなくなった。声も出ない。やはり幻覚ではなかった。これは現実だ。

「いつまで待たせるんだ!さっさと用を足せ!」
「ひぃい、無理です!」

 逃げ出すと、今度は全速力で追いかけてきた。周りを見渡しても、助けてくれそうな人はいない。酔っ払いや疲れきってゆっくり歩いている人たち。人のことをかまっている暇などなかった。ただ、一人を除いては。

「おい、そこのサラリーマン!野に放て!!」
「え!?」

 道端で突っ立ってる原始人のような格好をした男が助言した。まるで天井に張り付いている男のことをすべて分かっているような口調だった。サラリーマンはその原始人のような男を信じることにした。

「まてーーー!!」

 一瞬でも気を抜くと捕まってしまう。素早く野に放つ技術が要求される。まずは逃げ回りながら素早く行動するためのイメージをする。街頭のあるところまで誘導し、行動を開始した。

「ズドン!!」

 走りながら野に放った。イメージ通りにこなすことができた。その時、天井に張り付いていた男の視線がサラリーマンから”それ”へと瞬時に移った。元の表情に戻り、追いかけるのをやめた。

「何だよお前、やればできるじゃないかそれでいいんだよ」

 助言を信じて成功だった。男が鑑定するようにそれをじっくり見ると、採点をした。

「100点だ。ほっぺにチューしてやろう」
「へ?」

 今度は目をハートマークにさせておいかけてきた。サラリーマンがふたたび逃げ回ることになる。 10分後、けっきょくチューされてしまったが、命に別状は無かった。

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