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駆け込み乗車いじめ

「うおおおおおりゃああああ!!」
 肉島のパワーは圧倒的だった。柔道部でこいつにかなう奴はいない。背負い投げで地面に叩きつけられた俺を見下す。身長190cmというガタイは目の前に立たれるだけでも押しつぶされそうな威圧感だ。肉島は薄ら笑いを浮かべながらこういった。

「私は神みたいなもんだから」

 ・・・悔しかった。こいつをぎゃふんと言わせたい。特に、自分のことを神と本気で思い込んでいるところが気に食わない。放課後になると俺は、どこでもいいので秘密の特訓ができる場所を探しに外をひたすら歩き回った。
暫くすると、横浜駅のホームで、衝撃的な光景を目の当たりにした。ものすごい勢いで男が電車に突進していくではないか。閉まりかかっているドアの向こうは、もう人が入りきらないほどの満員。1人増えるだけでも力の弱いものは押しつぶされるかもしれない。

 突進する男は、そんな先のことなどおかまいなしにドアに体当たりをする。そのまま収まりきらなかった体を無理やり力でねじ込む。車内の圧迫感が上昇し、力のない子供や女性が表情を歪める。かなり苦しそうだ。
黙って見ていられなかった。それと同時に、俺はあのひどい男を引っ張って背筋力を鍛えられないか考えた。どうせあいつが悪いんだから正当性はこっちにある。駆込み乗車はおそらく今回に限ったことではない。これからもこの横浜駅で何度も繰り返されるはずだ。

 今回は初めてなので、お試し感覚にはちょうどいい。相手が抵抗すればするほど、俺の筋力アップに貢献できるという美しいシナリオ。そいつを車両から引きずり出して、背筋力を鍛えてやろうじゃないか。きっと女性や子供には感謝されるし、俺の筋力は大幅UP。一石二鳥だ。いつのまにか俺の目的は筋トレになってた。

行動開始

 俺は行動に出た。なかなかドアの閉まらないその車両に近づき、体の収まりきっていない男に手を伸ばす。背中を両手でがっしり押さえ、そのまま引いた。
「コラ、ガキ何しやがる!!」
男が起き上がり殴りかかってきた。だが、俺は柔道部。こんな奴楽勝である。その腕をつかみ背負い投げをした。男はすぐ起き上がったが、目の前にある怒りの表情は、すっかり弱弱しくなってしまった。怯えたまま、時折振り向きつつ俺から逃げていった。

 ただ、これだけではまだ背筋トレーニングにはならない。まだ筋トレは始まったばかりなので、もう少しここにとどまることにした。5分後、次の電車が停車する。この電車も混んでいるようだ。
「ドアが閉まります。ご注意ください!」とアナウンスが流れると、俺は獲物を狙うように駆込み乗車する人を探った。次のターゲットを補足。さっきとは別の男がドアに向かって突進していた。体を車両の中に無理やりねじ込もうとするところを俺が引っ張り上げた。背筋を鍛えるので、なるべくその筋肉を意識して。

「ぐあっ!」
男が尻もちをつく。だがまだ諦めていない。すでに閉まりかかっているドアにわざと足を入れてきた。ドアがふたたび開く。駆込み乗車がよくやる手だ。傍から見ていて気分が良いものではない。

 ふたたび男が体をねじ込む。この状況、俺にとっては好都合だった。背筋力を鍛える機会をふたたび与えてくれたのだから。だが、今回は一気に引っ張りあげる気はない。男の抵抗する力をうまく利用してやるのだ。そうすればもっと長く時間をかけて背筋を鍛えることができるのだから。深呼吸をした。がっしりと男の背中を掴む。

「放せ!」
男が抵抗した。もうすぐ引けそうなところで、俺はわざと力を緩める。すると男が再び力を入れて体を車内にねじ込もうとした。そのタイミングで俺はふたたび力を入れる。いい感じだ。これを繰り返せば背筋をうまい具合に鍛えられる。そして、うっかり思っていたことをこぼしてしまった。
「よし、この感覚だ!さあ、お前もっと抵抗しろ」
一瞬、男がきょとんとした目つきになったが、再び力が加わった。俺は呼吸を深くし、もう一度引っ張る。だが、男の力は徐々に弱まっていった。もってあと10回というところか。

 1分後、周りの冷たい視線が目立ってきたが、俺は構わず筋トレをした。引いて戻すという動作の繰り返しでいい具合に背筋が鍛えられる。男は俺がわざと力を抜いていることに気づいていない。だが、そろそろ男は限界が近そうだ。ついつい頑張れといいたくなってくるが、周りに誤解されてしまうので、やめておいた。周りに感づかれないよう、我慢して正当性をアピールする。

「駆込み乗車はいけないんだ!降りろ、降りろ!」男をひっぱる。

 これまで男をひっぱった回数14回。あと6回ぐらい引っ張ればなかなか良いトレーニング効果になるだろうが、男の力もそろそろ限界だった。男がバテる前に、駅員が俺に協力して男をひっぱってくれた。二人がかりで引っ張られ、普通なら諦めるはずだったが男はまだ諦める様子がない。ドアが閉まった後も、それを必死に叩く。その後、電車はそいつを置き去りにして発車した。

「ちくしょう、取引先との打ち合わせにこれじゃ、間に合わない」
男は悔しがったまま地面にうずくまった。俺がやっていることはまるで駆込み乗車いじめそのものだが、悪いのはこいつ。小さな子供を救うために、そして俺の筋肉を鍛えて、神とかほざいている奴に勝つために。天秤にかけたら答えは見えている。

リベンジ

 一ヶ月後。背筋力に自信がつく。今日はふたたび肉村と手合わせをする日だが、勝てそうな気がした。なんせ駆け込み乗車する奴ってのはほとんど自分の力に自信がある奴らなので、その分充実した筋トレができていたからだ。

「うおおおおお!!」
「があああああ!!」

 互角だった。しかし肉村が向けてくる目は明らかに今までのものとは違う。ようやく俺を対等に見てくれるようになってきたようだ。もう少しで奴に勝てるかもしれない。筋トレ意欲がふつふつと湧き上がってきた。 そして放課後、いつものように駅のホームに向かっていると、後ろに気配を感じた。俺は気にせずいつもの筋トレを開始した。

「あぁ!電車待ってくれぇ!」決死の形相でサラリーマンが声を荒げる。
そのままドアに向かってサラリーマンは突進した。やっと車内に入れたところで、待ってました俺の出番。そのサラリーマンを引っ張りあげた。あとはわざと力を抜いて、ふたたび車内に入ったら引っ張るだけ。これを何度も繰り返す。今では背筋がかなりついたので、ウェイトをつけながらやっている。

「うおおおおおお!!俺は神だぁあああ!!」
別の車両から聞きなれた声が聞こえた。まさかと思い、その方向に目をやると・・・やはり奴だった。肉村。後をつけていたのは肉村だったようだ。俺の真似をしているのか、駆込み乗車を引いてそのまま背負い投げをしている。俺と同じ筋トレだ。

 肉村、こいつはとんでもない奴だ。引っ張った上で今度は背負い投げをかました。背筋だけではなく、腕の筋肉も鍛えているようだ。だが、相手も背負い投げをされてしまうと、その分負担が大きいはず。相手はもつのだろうか?回数をこなせないはずだ。だが、その後すぐに肉村はさらに別の車両の入り口に移動した。そして無理やり乗ろうとしている奴を引いて背負い投げをかます。

 肉村は、一度の二人の駆け込み乗車をいじめるつもりだ。一人が背負い投げで倒れている間、もう一人をやる。その間に最初の奴が回復してまた電車に乗ろうとするので、ふたたびそいつを引いて背負い投げ。

 ・・・どうやらこれから俺と肉村との第二の戦いが始まりそうだ。二人で駆け込み乗車を食っていく。

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