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首吊り自殺 ~つり革に頭を突っ込みたい男~

 私は電車のつり革を吸い込まれるように見ている。この中に頭を入れてぶら下がりたいという願望がずっと頭にまとわりついてくる。座ろうが立とうが、目の前には常につり革がぶら下がっている。ためしに手を何度も入れてみたが、その願望は満たされなかった。
「お客さん、終点ですよ」
 我に返ると、目の前に駅員が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
つり革のこの穴を見ていると時間が過ぎ去っていくのを完全に忘れてしまうようだ。

改札を出る。この時の記憶はない。ずっとつり革のことを考えていた。気が付くと、ドーナツ屋さんの前に立っていた。何も考えていないのに、足が自然に店内へと進む。ショートウインドから見えるドーナツにが原因のようだ。
「ドーナツ10個ください・・・・」
私は店員ではなく、ドーナツを見ながら注文していた。
「えーと、種類は?」
「ちゃんと首吊りできるドーナツがほしいのです、ふふふふふ・・・・」
「はい?」

ドーナツやってしまった。しかも自分の顔が笑っていたことに気づく。すぐ訂正した。
「オールドファッションで」
「はい・・・オールドファッションですね」
席についてドーナツが来るのを待った。その間、なぜ私が”首吊り”などとぬかしたのか考えてみたが、思い当たる節がなかった。無意識に”首吊り”と言ってしまったことだけは確かである。

「お待たせしました」
ホカホカのドーナツが10個がきた。頭が反射的に動く。穴に目がけて突っ込んだが、入らない。ドーナツが崩れていくだけだった。2つ目・・・3つ目と・・・ドーナツを次々と崩していく。この動きを止めなければいけないとは分かっていたものの、体は正直なのか、全てのドーナツが崩れるまで同じ動作を繰り替えすだけだった。

「首吊りさせろよこのドーナツが!!」
私は机を思いっきり叩きながら言った。辺りが静まり返る。・・・今やったことを、よく覚えている。私はドーナツで首吊りがしたいような事を言ったのだ。店員も何ごとかのようにこっちをずっと見ている。私は正気を取り戻す。この雰囲気は気まずいので、その場を後にした。

 

 日が暮れて家に帰る時間になった。帰るためにはどうしても電車に乗る必要がある。本日二度目のつり革になるだろう。私は実際、首吊りをしたくもないのに、つり革を見るとどうしても反応してしまうようだ。駅に向かいながら考えた。そうだ、見なければいいのか・・・考えをまとめる。私はつり革を一切見ないように決めて電車に乗ることにした。

 21時になった。駅のホームは帰宅者でごった返している。電車がくると窓越しにつり革が見えしまうので、後ろ向きに並ぶことにした。明らかに不自然だったが、電車に突進するよりはましなので堪える。

不自然な向きで並ぶ

電車の音が近づいてきた。後ろ向きのまま電車に乗って、つり革を見ないようにするためには・・・。思考を巡らすとある答えが頭に浮かんだ。扉が開く。私はすぐにそれを実行した。

  1. 後ろ向きのまま乗って、後ろの人にしがみつく
  2. 後ろ向きのままに乗って、うつ伏せに倒れる
  3. 後ろ向きのままに乗ってずっと目を閉じる

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