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犬教師

丸太中学校3年A組。2学期末に担任の天田先生が転勤することとなった。先生と一緒に卒業式を迎えるのを夢見ていた生徒達にとっては、この上ない悲しい出来事だ。

放課後、教壇に立った天田はいつも通り生徒に笑顔を向けていた。
「お前達、俺がいなくなってもしっかりやるんだぞ。
卒業式には来れなくて残念だが、お前達が社会人になったらしっかりやっているか個人的に一人づつ家庭訪問していくからな。覚悟しな~」
「ええ~~~」
・・・しばらく間を置いて、一人の生徒が泣き出した。呼応して他の生徒達も泣き出す。
「天田先生!」

最後は校門の前で生徒全員が天田を見送った。最高の先生だった。一人ひとりの悩みを親身になって聞いてくれた。いじめられた生徒には、わざわざ身代わりになってくれた事もある。後姿が見えなくなっても生徒達はまだその場から一歩も動けなかった。
追いかけると歯止めがつかなくなりそうで、ただその場でずっと立ち尽くしているしかなかった。

 

翌週、月曜日。朝から暗雲の立ち込める空。
正門付近では、めずらしくカラスが空を舞っていた。登校中の3年Aの生徒二人がそれを目撃すると「何か不吉なことが起こりそうだね」と目でお互いを確認した。

8時55分、生徒達に新任の教師がやってくる事を他の先生に告げられる。天気はあまりよくないが、それはきっと気のせいだろう。生徒達の期待が膨らむ。
正門前で、一人の男が学校着いた。

嬉しいのだろうか、仁王立ちで不自然なまでに激しい貧乏ゆすりをしている。呼吸が荒く、なぜが骨を口に咥えていた。その仕草は人間というよりも、犬そのものだった。

変な動き

正門を突破し、学校の中に入る。
「待ってろよ。俺のかわいい生徒達」

教室へ向かっていく中、3年A組を目ではなく鼻で匂いを辿って探していた。あらかじめ下駄箱の靴の匂いを覚えておき、それを頼りにする。クンクンさせながら、ゆっくりとした足並みで。教室の前でピタリと止まると、間違えていないかドアの匂いを入念に嗅ぎ回す。
「ぐひゃひゃひゃひゃ、間違いない。この匂いだ」

扉を開けた。生徒達が全員かわいい子犬に見える。しかし表情がおかしい。まるで高級レストランでステーキを待っていたら、ゲテモノ料理が運ばれてきた・・・そんなシチュエーションだ。期待していた新任の先生は化け物のような人間だった。
「え・・・?これが新しい先生?」
一人の生徒がこの世の終わりを示すようなトーンで言った。すると、犬のような男は気色悪い笑みを浮かべる。
「がっかりするな、これから俺がゆっくり時間かけてかわいがってやるんだからな~~」
そのまま教壇の前に立ち。黒板に自分の名前を書いた。

”犬田 臭介”

「犬田 臭介だ。今日からお前達、かわゆいワンちゃんを立派な私の忠犬に育ててあげるから、仲良くしようね」
生徒達はこの時、確信した。たった今、地獄のスタートラインに立ったと。

数学の授業

犬田の担当科目は数学。給食前という最悪な時間帯に犬田が教室に入ってきた。生徒達に目をやり視線を感じると、はにかんで笑った。

「そんなに見つめられちゃうと、先生興奮しちゃうじゃないの」
自己紹介の時よりも激しい貧乏ゆすりだった。緊張と興奮を織り交ぜたような感情が貧乏ゆすりをさらに加速させる。その動きは明らかに貧乏ゆすりを超えたダイナミックなものだった。生徒達も気にしないはずがない。

「先生、トイレに行きたいんですか?足がすごい動いてますよ」
「足?」
ハッ、と犬田が我に返る。鼻で教室の匂いを確認すると、いかにも授業を始めると言った体勢に切り替わった。

「失礼、では始めようか」
教科書を開くと、それを机に置いたまま、おもむろに片足を上げはじめた。突然、何を始めるのだろうかと生徒の一人が犬田に訊いた。
「先生、まさかこんなとこで用を足すんですか?」
「お前、何勘違いしてんの?」

犬田はその体制のまま、太ももを掻き始めた。
「犬はな、毛深いだろ?だから太ももにダニが住み着いていることがあるんだ。だから毎日、30回ぐらいこうやって掻いてるさ。っていうか俺が片足上げたらそのまま用を足すと思った?ははは、犬じゃあるまいし」
「・・・・どっちだよ」
暫くガリガリという音が教室に響き渡ると、犬田はゆっくりと足を下ろした。

「あ~痒かった痒かった。もう大丈夫だぁ・・・うっ!!!」
「どうしたんですか先生!!」
さっきとは明らかに表情が違う。今度は勢いよく足を上げる。今度こそ犬の体勢で始めてしまうというのだろうか。
「先生ここは教室です!」

その時、ドシンという音が教室に鳴り響いた。しこふんだようだ。
「どすこい」
そのまま黒板に張り手をする。犬田はお相撲さんになりきっているようだ。生徒全員があきれ果てた様な表情で犬田を見る。張り手が終わると、犬田は振り向きざまに言った。

「はい、俺が足上げたの何回?」

一瞬、教室全体が静寂に包まれた。数学の授業のつもりだろうか?・・・と。誰も挙手をしない。特に犬田がそう指示したわけではないが、自然と誰かが手を上げなければならないという雰囲気ができあがっていた。しびれをきらした犬田の腕が動く。指を一人の生徒に向けた。
「じゃあ、お前。答えてみ」
「え、俺!?」
「そうお前。答えはいくつだ?」

すこし考え込むようにして、生徒は答えようとしたが、犬田がそれをさえぎる。
「2回じゃないぞ」
「違うの?」
「答えはな・・・」
少しもったいぶるように間をおく。そしてゆっくりと答えを言った。

「俺は基本的に足が4本だから、自分でもわかんないの」
そう言うと、本格的な体制に入りつつ、足を何度も上げ下げし始めた。この先、生徒が一人づつ教室を去っていくが、それでもかまわず足を上げ下げする。犬田自身も足の動きを止めることができない。

変な動き

それから30分後、犬田はクビになった。

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