fb
文字のサイズ フォントを小さくする 現在の文字の大きさ フォントを大きくする
bargerIcon

パンツいっちょの男

 最も人でごったがえす朝の時間帯、ひとりだけ目立つ格好をした男がいた。必要以上に光沢を放つスキンヘッドをしたパンツいっちょの男が、横浜駅のホームで堂々と並んでいた。冷たい視線を浴びながらも、堂々と胸を張って仁王立ちしている。
まるで自分を見てくれかとでもいうように。男のパンツにはきちんと値札がついている。新品のようだ。12800円。

東京駅へ向かう上りの電車は、本来手のつけどころのない程大きな人垣だ。しかし、パンツいっちょの男のおかげで、その周囲は比較的人が少なくて通りやすくなっている。特に男の半径3メートルに近寄るものは誰もいない。
理由はなにも男の恰好だけにはとどまらない。近づいた物をまるでアリ地獄にはまった獲物を見るような目でじっと見つめてくるのだ。そしてこう叫ぶ。俺のパンツを盗むな!と。一体この男はどうしてしまったのだろう?

つい昨日まで”まとも”だったこの男の、時を遡る。

 

12時間前・・・。
ある喫茶店の一角で、コーヒーを飲んでいる男がいた。テーブルの上にはファッション誌が乱雑している。
「いい服ねえかなぁ・・・・」
金髪をかきむしりながらそうつぶやく。雑誌をパラパラとめくると、赤くて派手なシャツが目に止まった。
「おお、これいいね。絶対みんな俺に注目するぜ」
一気にコーヒーを飲み干すと、足早に派手なシャツを求めて買い物へ向かった。

3件目を回ったところで、ようやくその派手なシャツを見つけることができた。
「これだよこれ」
だがここで、すぐに買うわけにはいかない。衝動を抑え、まずは試着室へ向かった。過去の経験がそうさせている。今まで、何度も買った後で悔んだ回数は計り知れない。たとえば、実際に着てから鏡の前に立った時、あまりにものイメージとのギャップに顔面蒼白になった事もある。

・・・今回もやはり似合わなかった。買わなくて良かった安堵の息を漏らす。このシャツは、単体で見る分には申し分ない。もちろん着心地も良かった。だが、どうしても着てみるとイメージどうりにはいかないのだ。理由が分からない。試着を終えると、男は勇気を振り絞って店員に訊いた。
「すいません、俺はどうしてシャツ似合わないんですか?」
「だってあなた顔がすごく大きいじゃん」
答えはあっさりと返ってきた。少し考え込むだろうと思っていただけにそれは意外な展開だった。

その通りだった。男は顔が通常の3倍近くもある。確かにこの巨大サイズだとTシャツよりもまず顔が目立つ。言われて初めて気がついたので恥ずかしい。男は赤面した。とても目立った。顔がでかいだけに。

実は名前もそれ相応の名前だった。偶然なのか運命なのかわからない。
大顔田 顔大介。
そのまま店をあとにすると、どす黒い空に向かって吠えた。
「オレはあきらめるわけにはいかない!!」
そのままの勢いで床屋へ行く。なるべく顔が小さく見えるように、頭を刈ることにした。

「お客さんどうですか?」
床屋で、大顔田のスキンヘッドを見ながら店員が確認をする。
「店員さんよ、俺の顔小さくなったと思うか?」
大顔田がまじまじと店員の顔を見て訊き返した。そんな目で見られては店員も返答に困ってしまう。
「そうですね・・・小さくなったと・・・思いますよ」
店員はおずおずとした態度で答えた。まだ足りないのか・・・と大顔田は思った。

床屋を後にし、空の光りをスキンヘッドで反射させながらふたたび吠えた。
「まだ足りねえのかああああ!」
その時だった。目の前にある派手なものが目に止まった。その時、大顔田の頭に2つのものがよぎる。

1つ目・・・、
このパンツめちゃめちゃカッコイイじゃないか。これだったらパンツいっちょでも絶対恥ずかしくないだろう。

2つ目・・・
俺のでかい顔がこれで目立たない!

気がつくと、足がそのパンツに向かって進んでいる。値段は12800円なんとか手が届く値段だ。パンツは大型衣料品店に陳列されているもので、ちょうど外からでもガラス越しに見えていたので、大顔田はそれに気づくことができたのだ。

ここから大顔田の生き方はここで、大きく変わる。反転する白と黒ように。

 

 

あれから何時間たったのだろう。
大顔田は当たり前のようにパンツいっちょの姿で堂々と横浜駅のホームを歩いていた。そろそろ電車がくる。並ぼうとしていると、横にいたサラリーマンが怪訝な目でこっちを見ていたので言ってやった。

「俺のパンツ盗もうとしてるだろお前?このカッコイイパンツ」

パンツを強調するように手で叩きながら言い終えると、サラリーマンが唾を床に吐き捨てる。大顔田も負けじと唾を床に吐き捨てた。するとサラリーマンがとうとうキレたのかこっちに殴りかかろうとしてきた。そこで大顔田は叫ぶ。
「俺のパンツ盗むな!」
サラリーマンの足が止まった。周囲の目は大顔田に元々向けられていたが、この瞬間、その冷たい視線はサラリーマンに向けられることになる。サラリーマンは恥ずかしくて動けなくなった。大顔田はその震えているサラリーマンの肩をやさしく叩く。

「みんなお前を見てるぜ。俺のパンツを盗もうとした悪人を見る目だ。俺のパンツはめっちゃかっこよくて最高だからな。ま、お前も人間なんだ。これからは心を入れ替えて真面目に生きていけ」
茫然としているサラリーマンを背に、大顔田は電車の中に消えていった。

電車が動き出すと、大顔田は変な歌を歌い始めた。相変わらず半径3メートルには広いスペースができていた。本来ならば身動き一つできない満員電車である。

「おれのパンツは赤くて~情熱的♪ルルルル~このパンツにポケットつけると~もう一つ予備のパンツがポケットに入る~♪パンツが二枚あると~♪一つしかパンツない人に優越感を覚えて~~も~これは~なんといったらいいか分からんね~~♪」
時折、変なステップを踏みながら、歌い続ける。

「ちょっと変な歌を歌うのやめてくれませんか?」
その声が大顔田の歌を止めた。そいつは中年の男性で、距離をとりながらもしっかりと大顔田から視線をそらさずにいた。
「止めてほしかったらお前のパンツ見せてみろ。俺に勝ったら止めてやるよ」
誇らしげに、大顔田は腰をぐるぐる回してパンツについた値札を揺らした。しかし中年の男性はそれに動じない。

「俺に勝負を挑まないということは、俺より劣っているということだ!パンツみせやがれ!」
大顔田の手が中年男性に伸びた。勝利を確信した大顔田の顔はニヤついている。周囲はそれをゲイだと勘違いしたようだ。誰かが警察に通報する。
「やめてくれぇええええ!!」
中年男性はまるで別人のようにおびえていた。大顔田が中年男性のパンツを確認すると、勝利を確信したのか、大きな声で吠えた。
「ただの、真っ白なブリーフじゃねえか。俺の赤いイカしたパンツのほうがすげぇな。お前は敗者だ!」
優越感を得ると、指を中年男性に向けた。

しかし、次の駅で待っていたのは勝利の満喫ではなく、サツだった。
「変態め!何だその格好は!お前を牢屋にぶちこんでやるぜ!」
「おいおい、待ってくれよ。俺は何もしてないぜ。パンツ自慢してるだけだぜ。」
「来い!」
手錠をはめられた。

・・・大顔田の人生は終わった。

戻る