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ホームページを作る男(110歳の挑戦)

5月10日

私の名前は山田俊夫。110歳。
こんな年齢になってホームページを作りたいという気持ちが高まった。
人並みに、パソコンのスキルは兼ね備えている。

きっかけはネットサーフィン。
人が作ったものを見るたびに、”私ならこうする!”という反発意見が頭の中で巡っていた。
悩みに悩みぬいた挙句、とうとう行動に移すことを決心したのがついさっきである。

5月11日

「いらっしゃいませ。パソコンショップです」
ここはパソコンショップ。
私は買いたいものを顔で示した。気持ちの強く表している皺の寄った顔を見せ付ければ、何も言わずとも悟ってくれるだろう。以心伝心というやつだ。
「?」
通じなかった。店員がまだ若いため、年齢差が原因というのもあるだろう。(ホントかよオイ☆)
諦めるのも悔しいので、意気込みを体で証明する事にした。
上着を脱ぎ、これ見よがしに年季の入った上半身を見せ付ける。三角筋 をピクピクさせながら。
こんな年齢でもHPやれるんだぞと。

「分かりません」
店員が顔をしかめる。私はため息をした。
「ばかだなお前。私はホームページを作りたいと、言っているのだ」
気持ちは届かなかったので、仕方がなかった。
「はい、どうぞ。ホームページツクルーゾです。5000円になります」

始まる。私の挑戦が。

5月12日

ホームページツクルーゾを起動。
頭の中では、私の世界を描かれたホームページが既に完成されていた。
一寸の迷いもなしに、第一の画像を設置する。この画像こそがレストランに例えるとメインディッシュ。
それは、トップページのど真ん中に特大サイズで置かれた”私の顔”だ。

クリックすると、私の挨拶が音声で流れるように施してある。
「私と一緒に天国へ行こう」と。

110歳の私は死を覚悟している。その気持ちを最大限にこの音声に込めてある。
だからこそ、どんな綴り合わせであろうと、その言葉にちゃんと気持ちが込められていれば、きっとみんな分かってくれるのだ。私はそう信じている。そしてアクセス数一日100万に繋がると信じている。
ついでに女も100万人できると信じている。
・・・はっははは!女100万人というのは私の軽いジョークだよ。

5月13日

トップページ完成した。
まず最上部から続いてタイトル画像。タイトル名は「私の全て」
続いてメインディッシュである私の画像。位置的にど真ん中だ!
最下部に並ぶのは左からアクセスカウンター、サブメニュー。
サブメニューは”日記”とあってクリックすると、
”工事中だから勝手に入ってくるな。キミは人の家にも勝手に入るのか?そんな奴はいつまでたってもまともな人間になれんぞ。地獄へ落ちろ!”と表示されるようになっている。

もちろん相手を卑しめるためのものではない。
悪いところを直して立派な人間になってほしいという私の愛のコメントなのだよ。
さぁ、いよいよホームページ公開だ。

5月14日

HPの公開後、宣伝活動に全力を注いだ。こんなに手が震えているというのに、どうしてこんなに書き込みが進むんだろう。
それは私の感情が火山のように噴火しているからだ。
検索サイト、掲示板・・・私はこの日、どれだけ宣伝したのだろうか。数え切れるものではない。
そして私の宣伝活動は、ネットから現実世界へと足を踏み入れた。

「はいこちら110番です」
私は警察に電話をしていた。
「私のホームページ、楽しいぞ~?」
「え?」
「お巡りさん。私のホームページ、お回りになってくれるかい?」
電話が切れた。
その時、私は思った。電話を切るのはあんたの勝手だが、せめて私のジョークに付き合ってからにしてくれと・・・と。

5月15日

昨日のアクセス数を確認する。たったの8だった。
そこで私はなるべく多くの人に見てもらえるよう、HPのタイトルを変更した。

”私の全て” から ”さぁ、クリックだ!私の全て。” へ。

5月16日

今日も朝からいち早く、昨日のアクセス数を確認するため、モニタを覗き込む。
5だった。タイトル名がダメなのだ。再び変更する。

”さぁ、クリックだ!私の全て。” から ”★★★クリックしろ! 私の全て。★★★” へ。

5月17日

私は思い切り、自分に拳を打ち付けた。3だったからだ。
タイトル名をさらに目立たせる。

”★★★クリックしろ! 私の全て。★★★” から 
”★★★クリックしないとお前の家族の命がないぞ!私の全て★★★” へ。

5月18日

昨日のアクセス数は0。
タイトル名をどれだけ目立たせても、結果にはならないという事がこれでよく分かった。
いくつかの選択肢の中で最後にやってくるのは、閉鎖だけだ。

今日は、トップページの画像を私の泣いている顔と入れ替えた。
クリック後の音声は、「来なくていい。一人で天国に行くから」と流れる。
涙ぐんだ悲しい声で。
・・・ 分かっている。こんなことをしてアクセス数が増えやしない。
明日、私は最終段階(無差別宣伝)に入るので、この日のうちに覚悟をきめた。

5月19日

最終段階の始まりを告げるかのように、朝日が昇った。
あらかじめ業者に数万枚刷り上げてもらった名刺を、リュックに詰め込む。
今日はこの名刺を使ってHPを宣伝する。これが失敗したら私は諦めることができる。

具体的な宣伝計画は、とにかく足を動かして名刺を渡すことだ。
相手は誰でもいい。しかし、きっかけをつくらないことには名刺を渡せる空気が生まれないのは重々承知している。
名刺のお渡しするコースは、コンビニをはじめ、病院、美容院、そして最後は満員電車で締めくくる。

第一宣伝:コンビニ

「お弁当温めますか?」
「いいえ、暖めません。この名刺を暖めてください」
私は何の迷いもなく名刺を差し出す。
「はい?」
店員が困ったような顔をした。
「すいません。歳のせいでボケてしまったようです。名刺を暖めるなんておかしいですよね。
お詫びにはなりませんが、それと同じ名刺をあなたに100枚ほど差し上げます。
量が量ですから、 余ったものは友人や家族にでも分けてあげてください」
「い・・・要りません」
私は一方的に名刺をカウンターの上に置くと、その場を逃げるように後にした。

第二宣伝:病院

「ごほっげほっがほっ、ぐへっ、げへっ」
ロビーで必要以上に咳き込む私は誰よりも目立っていた。隣に座った若者が心配そうにこちらを見る。
「お爺ちゃん、大丈夫ですか?」
「だ・・・大丈夫です。ごほっ、ごほっ、がはっ、ぐぼぼ、ばふん、げへっ、ごほっ、ごほっ」
私は名刺を100枚取り出し、それで咳き込む口を抑えた。その拍子にわざと90枚落とす。

「あ、お爺ちゃん名刺落ちましたよ」
若者が散らばった名刺を集め始めた。こんなに優しいと本当に感心する。
しかし私にはやらなければならないことがある。若者が拾っている隙にすぐその場から隠れた。

10分後、アナウンスに呼び出された私は さきほどの若者に気づかれないに小走りで診察室へ向かった。
名刺をボトボト落としながら。

「どうしました」
「非常に悪い状態です」
私は医師の目を見ながら答えた。そのまま続ける。
「名刺の品質が非常に悪い状態なんです。診て頂けますか?」
「名刺?」
医師に名刺を差し出す。受け取ってもらえなかった。私は舌打ちをする。
「どうして受け取ってくれないんですか?たくさんあるのに」

次の瞬間、激痛が顔に走った。医師が私を殴ったのだ。
「お前、病院をなめてるのか?」
顔を上げると、目の前にいるのはもうただの怒り狂った獣だった。私は逃げるようにその場を去る。

第三宣伝:美容院

美容院では、髪を切ってもらう必要はない。なぜならば、私には既に髪の毛は一本もないからだ。
順番が回ると、席に腰を据えた。美容師が早速、鏡越しに、困った顔をしている。
「・・・どうなさいますか?」
美容院が恐る恐る私に聞いた。
「べつにどうもしないさ」
「じゃあどうすればいいんですか?」
「私のHPに来ればいいんですよ」
無理やりHPの話に持ち込んだ私は、ポケットから名刺をボトボトばらまいた。

誰も拾わない。3分ほど待ったが、誰も名刺に目をやらない。美容院は何事もなかったかようにもう一度訊いた。
「・・・どうなさいますか?」
「どうせお前は早く私に死んで欲しいと思っているんだろ?」
私は吐き捨てるようにそう言うと、すぐにその場を去った。

翌日、私はHPを諦める事にした。おしまい。

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