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アットホームなバイト(自給3万マジかよおい)

先月の話だ。
IT企業に憧れ、ようやく就職た矢先、急に異動の話が出た。
そこは地下にある薄暗い部屋を拠点とした、ビル内清掃を主な業務とする所だった。
最近、薄々感じていた。有能な人材がここ増えていたことに。だからやめてやった。

・・・当分、立ち直れそうもない。
とはいえ、何もしないままじゃ食っていけない。簡単なバイトでもいいから生活費を賄うことにした。
駅前の求人バイト誌をパラパラめくっていると、俺の目の中に信じられない巨大ゴシックが映った。

”期間限定募集!残りわずか3名!
時給30000円!アットホームで簡単な仕事だよ(*^^*)!”

可愛く顔文字までつけやがって。これを逃す理由はどこにもない。
俺が探していた以上の好条件だった。家から近いので通勤にも困らないし、なにより巨大見出しにある、アットホームは魅力的だ。だが、期間限定らしいので急がなければ。俺は携帯を手にした。

「はい、こちら株式会社:アイキャンデスブレイクです」
「無料求人誌で見たんですが、まだ募集していますか?」
「運がいいですね。あなたで最後の一人ですよ」
間に合ったようだ。俺はついている。

翌日の面接では、信じられないほど社長の対応がよかった。
「四角田さん・・・うんいい名前だね」
「そうですか。ありがとうございます」
「あなたを大歓迎するよ。採用決定だな。よかったね、あなたで最後だったんだから。
最初ね、どんな人がくるのは不安だったんだよ。でも安心した。こんな素晴らしい人がうちに来てくれるなんて」
社長は太陽のような笑みを返し、俺に握手を求めた。
「頼むよ四角田さん。能力次第では時給3万から6万にしてあげるからね」
「ほ、本当ですか!」

俺はツイている。仕事内容についてはあえて問わなかったが、あの社長の太陽のような笑みから分かる。
きっと俺にとってやりがいのある仕事がくるんだなと、直感で確信が持てた。
仕事はその翌日から始まった。

 

「おはようございます!」
フロア全体に響き渡る声で、俺は挨拶をした。すぐに歓迎感のある返事が返ってくる
どんな仕事なのかか不安だったが、このフロアを見渡す限りじゃ、営業関係だという事が分かる。
室内にはデスクスペースが用意されていて従業員は5名いる。

その一人が近づいてきた。
「私がお前の上司、名前は鮫島だ。係長と呼んでくれ。期待しているよ四角田!よろしくな」
俺は係長と熱い握手を交わし、質問を投げた。
「鮫島係長。今日は何をすればいいんですか?」
「何もしなくていいよ」
即答なのは以外だった。次の質問をする前に、鮫島係長の口がふたたび開く。

「時々、何かあるかもしれないから、お前はお前のやり方でそれに対応してくれ。
ただし、俺達に迷惑かけないやり方で頼むよ」
「はい。分かりました」
「そこに席を用意しといたから、ゆっくりしていてくれ」
鮫島が指を指した方向には、俺のために用意されたデスクがあった。
その上にはお菓子やコーヒーメーカー等が用意されている。
「お菓子はおかわり自由だし、コーヒーは引き出しに原料が全て揃ってるから、自由に食べて飲んでね」
「いえ、そんなにお気遣いなさらなくても」
「いいのいいの」

 

30分後、俺は本当に何もしないまま座っていた。本当にこれで時給3万円も?と疑うくらいだ。
きっと何かあるだろう。それはすぐにやってきた。

「ごめんなさい!実は新人の四角田さんの失敗が原因なんです!」

それは俺のすぐ隣で電話していた従業員の声だった。失敗?俺は何もしていないため、そんな覚えはない。
隣の会話はまだ続いていた。
「ええ、そうなんです。実は一昨日、母が突然ドミノのように倒れたものでして、休暇をいただいておりました。
そこで、代理として最も信頼できる四角田さんに仕事を任せていたんですが・・・まさか失敗するなんて。
・・・でも、 彼は悪くありません。私が・・・私が全て悪いのです」
俺は思わず立ち上がった。今日来たばかりのはずだ。
「ええ、そうなんです。私、今日、その彼に言われたんです。親ごときで休む奴が悪いと。そうですよね、休む方が悪いですよね。
すいません。お客様に私情を挟んでしまって」
その従業員は突然大泣きした。嘘でこんなに泣けるなら役者にでもなった方がいいと、感心するぐらいだ。

このままでは俺がのけ者扱いなので、隣の人の電話をとろうとしたその時。
「四角田。我慢しろ」
「?」
止めに入ったのは係長だった。
「何を言っているんですか係長。この人嘘を・・・」
「餌食・・・これがお前のバイト内容だ」
「え?」
「でも、大丈夫だ!アットホームだから。1時間おきにサービスタイムがあるぞ~~~」

やっと俺の役割が分かった。・・・責任をすべて背負えばいいのだ。たとえ嘘がでても。辛いバイトになりそうだが、時給3万と考えれば安いものだ。覚悟を決めることにした。

「ごめんなさい」
斜向かいのデスクの女性が謝る。相手はおそらく得意先だろう。
「四角田さんに任せたためにこのようなことになってしまったのです」

気にせずに聞き流してしまえば、それ程たいしたことではないと、俺は思った。
そして、サービスタイムになった。係長が近づき俺に一言告げる。
「四角田。やっとサービスタイムの時間だ。社長と気が済むまで戯れられるぞ」
「え?」
いやな予感がした。

突然、部屋の脇にある本棚が動き出し、隠し扉が現れた。ゆっくりと開くと、社長の姿があった。なぜか俺を見ている。
「四角田、頭撫でてやるからこっちへ来い」
社長が言った。逆らうわけにもいかないので、恐る恐る歩み寄った。

頭に年季の入った手がどっしりの乗り、左右に動く。喜んでいるフリでもすればいいのだなと、俺は思った。
「忘れたか、お前は餌食だ」
電気が突然ついたのように、社長の表情が変化した。怒りに満ちている。俺のわき腹に鋭い痛み。
社長が俺を殴ったのだ。いやな予感が的中した。

係長がこっちを向いて、先程俺に言った事を、補足する。
「大丈夫だ!社長は殴った後にすぐ、いい子いい子するから、結果的にはサービスタイムだ!」
俺は思った。だったら最初から殴るなよ、と。

ふたたび社長の拳が動く。
「ミチコ!ワシがどれだけ苦労して会社を支えていると思っているんだ!」
今度は顔面を蹴られた。拳はフェイントらしい。俺に防御させないため、わざとそうしたのだ。
「ミチコ!結婚したときはあんなに優しかったのに・・・今のお前は文句言うばかり!」
再び腹に激痛。ガードの緩んだ俺に拳がきた。俺はただ、我慢しているしかない。
この社長、そのミチコという奥さんに相当な恨みがあるようだ。

「大丈夫か四角田?」
社長が言った。表情は今までのがまるで嘘かのように、元の穏やかな表情に戻っていた。
「誰に殴られたの?大丈夫か?お前は大切な社員なんだ。撫でてやろう」
そう言われ、俺を殴ったその手で撫でてもらった。殴ったのはお前だろと言い返したいが、我慢せざるを得ない。

撫で終わると、再び社長の顔が豹変した。金属バットを手に持つ。
「プロポーズの言葉を忘れたのか! ”けっけっけけけけ、結婚してくださいボクの子猫ちゃん!”」
さきほどとは比べ物にならない程の痛みが顔面に走った。やばい殺される。

「おい、大丈夫か。誰がこんなひどいことをしたんだ!」
社長がまた何事もなかったかのような表情が戻り、殴ったところを撫でてきた。
撫で終わると、そのまま金属バットを大きく振り上げた。

「学校の屋上で始めてチューをしたあの思い出を忘れたのかミチコーーーー!!」
俺の顔が変形してゆく。
「告白した時のセリフ忘れたのミチコーーーー! この夜景と、君の瞳に乾杯!」
意識が薄れていく中で、俺は最後に幻を見た。

それは社長の家庭。ミチコが社長をムチで叩いている姿だった。

・・・その後、俺は墓入りとなった。

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