7月1日。
世の中には変わった奴がいる。
その中でも横浜駅で突如現れた男がまさにそれだった。
立てかけた鉄の柵を鉄格子に見立て、がっしりと掴みながら叫ぶ。
「俺をここから出してくれ!!」
誰も見向きはしない。あまりにも冷たい反応が多いため、
たまに通りすがりの人についてゆきながら叫ぶときもある。
鉄の柵を掴んだまま歩くその姿は、変人そのものだった。
・・・日を三日前にさかのぼる。
コンビニの中で一人の男が本を立ち読みしていた。
彼の名は牢獄山タケシ。
「ぶほほほほ!」
あまりにも本に夢中だったため、怪しい男が店内に入ったのにも気がつかない。
「金をだせ!」
怪しい男は、大きな刀を店員の喉もとに突き付けた。
「ひぃっ・・・!」
店員は女性なので、まったく抵抗ができない。
言われるがまま、男に従って金を用意するしかなかった。
「へっ、いい子じゃん。あばよ」
怪しい男は大金を手にその場を後にした。
「ん?」
牢獄山がようやく店内の様子がおかしいことに気づく。今頃になって。
他に客は誰もいない。いるのはレジの横で泣いている女性の店員のみだった。
「どうしたんですか店員さん?」
牢獄山は訊いた。
「うう・・・強盗にお金をとられたんです・・・もう私人生やだ・・・」
「え!?」
牢獄山の全身に何かが走った。
本に夢中になっている間、そんなことがおこっていたのか。
目の前にいるのは、強盗に恐れて泣いている女性。他に客がいない。
守れるのは僕しかいなかった。なんということだ。僕は罪な人間だ。
女性を守れなかったぼくは強盗よりももっと悪人だ。
こんな悪人は牢獄にはいっちまえ。
その夜、牢獄山はあちこちのゴミ捨て場で鉄柵を探した。
見つけるまでに時間はそうかからなかった。
考えるまもなく、鉄柵を鉄格子に見立て、がっしりと両手でつかむ。
「俺をここからだしてくれ!!!!」
これで牢屋に入った気分になり、罪を償うことができるかもしれない。そう思った。
翌日になると、ずっとそう叫びながらずっと町を歩き続けた。
「俺をここから出してくれ!!女性を守れなくてどうもすいませんでした!!」
たとえ雨が降ろうとかまわない。
「俺をここから出してくれ!!死刑なんて嫌だ!死にたくない!!」
本当にだしてほしいとは思ってはいない。
実際、閉じ込められているわけではないからだ。自分の気がすむまでそうしたかった。
2日目になると、腹が減っていることにようやく気づく。
ファーストフート店に入った。
「いらっしゃいませ!」
「俺をここから出してくれ!!」
「・・・ご注文は何でしょうか?」
店員は一瞬、たじろいだが、すぐに平静を取り戻したようだ。
目の前にいる客がどんな人でも取り乱してはならない。
「うおおおおお!!!頼むから俺をここから出してくれよ!!
腹が減って死にそうなんだ!!」
お金は持っている。普通に注文をすれば空腹は満たせる。
だが、罪悪感があまりにも大きいため、まともに注文が出来ないのだ。
「お、お客様?」
「まだ死にたくないんだ!俺に家族がいる!頼むからここから出してくれよ!!」
鉄柵を豪快にゆらしながら叫ぶその姿は、動物園のゴリラよりも勢いがあった。
店員は勢いに押され、身動きが取れなくなった。
「俺をここか・・・」
ふと、思いつく。。囚人が食事はとっている事に。
出してもらうのはそれからでもおそくはないだろう。
そう考えると、自然に言葉が出た。
「えーと、ハンバーガー3つください」
「・・・・は、はいハンバーガーみ・・・3つですね」
「はい、そうです。すいませんね。変な風におどろかしてしまって。
ほんの軽い冗談ですよ」
「そ・・・そうですか」
イメージでは、看守と話している。店員が看守で牢獄山が囚人らしい。
席に腰を据え、鉄柵越しにハンバーガーをかぶりつく。
「うめぇ!この監獄のハンバーガーは最高だ!!」
空腹を満たすと、そのまま店をあとにした。
「俺をここから出してくれ!!」
三日目の朝、今度は横浜駅で座りながら罪を償っていた。
相変わらず誰も相手にしない。
道行くひとについていったりもしたが、途中で逃げられる。
昼をすぎると、牢獄山は退屈になってきた。
ずっと同じ事をしていると、何か別のことをしたくなる。囚人という
行動を限定された立場の中で何か出来ることはないのかと考えた。
そこで思いついたのが面会。声を張り上げる。
「ヘイ!そこのねーちゃん」
「?」
「俺とお茶しないかい!」
「キャー!」
「なんで逃げるんだよ!俺は面接がしたいだけなんだよ!」
それから、牢獄山は横浜駅でずっと面接がしたいと言いながらナンパを続けたという。
鉄柵の掴みながらナンパしているので、成功するわけがない。
そのまま牢獄山はどんどん堕ちていったという・・・・・・。