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体力を使わないアルバイト 自給29800円

「まじかよおい!!!」
俺はコンビニの中で、タダで配られている求人雑誌を読んで思わず叫んだ。
体力を使わないアルバイト、時給2万9800円。昼食全額支給。
冗談かと思い、何度も目を通したがそれらしき事は記載されていない。
やはり本当らしい。

このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は携帯をポケットから出し、電話をかけた。
きっと、この求人情報を見て驚いている奴が他にもいるに違いない。
だからこそ、すぐに電話をする必要がった。この仕事をとられないように。

「もしもし、こちら人材派遣会社ブレインキルです」
電話にでたのは、気の利きそうな声をした若い男だった。
「あの・・・アルバイトの件で電話をさせていただきました」
「ありがとうございます。当社はアルバイトを募集をしています」

俺は勇気を出して、求人広告の事を確認しようと思った。
「時給29800円というのは、本当でしょうか?
体力も全く使わないなんて・・・」
「ええ。本当ですよ。体力は全然使いません。重いものは全く持ちませんし、
走る事だって一切しません。ずっと座っていればいい、楽な仕事です」

「そうですか、いい話ですねそれは!!」
相手の声の調子から見て、やはり本当のようだ。
確認が終わると、俺は早速面接の手続きをとった。そして、面接の日がやってきた。

面接先は、自宅の最寄り駅から3つ進んだ駅の、徒歩5分のとこにあった。
かなりぼけたビルで、入り口の看板が斜めに傾いている。
看板には、昔潰れた会社のロゴが載ってたので、
人材派遣会社ブレインキルが最近ここに引っ越してきたということが分かった。

中に入ると、受付の人が笑顔でこっちを見た。
「山奥さんですね」
山奥とは俺の名前だ。受付の声と、電話の人の声が一致している。
おそらく彼がさっき電話に出た人なのだろう。
「社長が2階で待っています。さ、エレベーターに乗ってください」
俺は受付にエレベーターまで案内された。

エレベーターの中はかなりホコリだらけで、まったく掃除されていない。
また、エレベーターが動いている間、
まれにネズミの鳴き声が混ざって聞こえてきた。
2階に出ると、ホコリや蜘蛛の巣だらけの廊下が続いた。

廊下を進んでいくたびに、開かないように木の板で打ち付けれた扉が
いくつも目にうつったが、一つだけ少しだけ開いている扉をみつけた。
他の部屋は全て入れないので、入れるのはここしかない。
ゆっくりとその扉を開けると、目が線になるほどの笑顔をしている
中年男性の顔が近づいてきた。どうやらこの男が社長らしい。

「まっていたよ山奥君」
ソファに座っていた社長は、立ち上がってこっちに来ると、握手を求めた。
俺がそれに喜んで応じると、社長が俺の肩にポンと手のひらを乗せた。
「いや~、君のような若くて素晴らしい人材を待っていたんだ」
社長は、また俺が履歴書もだしていないというのに、
もう決め付けたような口調になっている。
「それはどうもありがとうございます」

俺が社長に履歴書を渡すと、社長はそれに目もくれずに、
丁度ドアの横にあったゴミ箱に捨てた。
「こんなもの見なくてもな、君のこと分かるんだよ」
社長はそう言って、泣きながら俺の肩をポンポンと叩いた。
その目は、まるで俺を救世主がきたとでも言いたそうな目だった。

「もちろん、時給は29800円。昼食も当社が全額支給だからね」
社長は俺が聞きたいことを自分から言ってきた。
確認の手間が省けた。社長が言うんだから、
時給29800円は必ずもらえるはずだ。
軽く話を終わらせると、いよいよ話題は仕事内容の方に移った。

「体力を使わないとありますが、具体的にどんな仕事をするのでしょうか?」
「人数が足りなくて困っている会社がいくつかあるんだ。
君には、そのうちの一つに行ってもらう。なに、電話するだけの仕事さ」
「電話ですね。まかせてください」
「仕事は明日からだ。今日はゆっくり休むといい」
俺は社長に地図を貰うと、ビルをあとにして、家に戻った。

 

翌日、俺は地図を見ながら派遣先へ向かった。そこは雑居ビルの3階で、
やはりここも最近引っ越してきたような所だった。ホコリがすごい。
「失礼します」
3階の一室に入ると、一人の筋肉質な男がデスクから立ち上がった。

「お、キミが山奥か。話はきいてるぞ」
その男は身長が200cmぐらいはあった。室内にはこの男しかいない。
デスクはちゃんと二人分用意されている。
「はじめまして。山奥です」
「おう!よろしくな!さっそくデスクに座ってくれ!」
筋肉質の男は、自分の指の間接を鳴らしながら言った。

俺がデスクに座ると、目の前に昔のダイヤル式電話が目に映った。
いまどきダイヤル式電話なんて、笑いそうになったが、俺はそれを抑えた。
「これを売るんだ。どこでもいいから」
電話の横に、黒い風呂敷に包まれたものが二つ置かれた。

「これは何ですか?」
「すごいやつだ」
「中身は何が入ってるんですか?」
「今言っただろ?すごいやつだよ。
この二つのすごいやつを今日中に売って欲しいんだ。一つ300万で」
「はい?・・・300万ですか?」

俺は冗談かどうか確かめるために筋肉質の男の顔をじっと見てみた。
「本気だよ。すごいやつだからこそ、300万もするんだよ。
売る方法は簡単。そこの電話で金がありそうな所に片っ端からかけていけ」
「!?」
「あ、そうそう。わざと時間をかけるようなマネはするなよ。
時給29800円だと、やりかねないじゃん?」
筋肉質の男の今の言葉には、俺を信用していない事がわかる。
わけも分からないものを300万で売るなんて、できるのだろうか?
俺は騙されたかもしれないという不安を抱えながら、受話器を持った。

「ちょっと待った」
不意に、受話器を持った俺の腕が、筋肉質の男に捕まれた。
「どうしたんですか?」
「俺がまず、手本を見せてやる」
筋肉質の男はそういって、俺から受話器を受け取った。

ダイヤルを回しながら、いきなり不気味な笑みを浮かべてきた。
「営業スマイルだ。話し相手が電話越しとはいえ、笑顔を絶やさずに話せ。
笑顔にしていれば、それが声にも現れるからだ」
説明が終わると、電話の相手がでてきた。筋肉氏の男が早速交渉を始める。
「もしもし、こちらハデス商店でございます」
「はい」

「お忙しいところ、突然ですみませんが・・・」
「ごめんなさい」
「まってください。話だけでも聞いていただないでしょうか?」
「無理です」
筋肉質の男の手が震えてきた。まだ交渉が始まったばかりというのに、
すでに笑顔は消えていた。手が震え始めている。
また、部屋の壁際をよく見渡すと、壊れた電話があちこちに落ちている。

壊れた電話は全て受話器が砕けていて、
壁には電話を投げてぶつけた跡だろうか、ところどころにヒビがある。
「いいから話を聞いてください。すごいやつが売ってるんですよ」
「聞けません」
「黙って聞けよ!すごいやつ買えっつてんだろ!!
1000万のとこ、たったの500万だぜ!」
「いい加減にしてください」

「ちっ!!はいはい、あんただけ特別サービスだ!!300万でいいよ!!
死にやがれこんちくしょ!!」
「・・・・もう切ります」
「うおおおおおおおおおお!!!!!」

部屋中でものすごい衝撃音が走った。
強く握り締められた電話機が砕けた音と、電話を壁に投げて当てた音だ。
筋肉質の男はそれだけでは怒りがおさまらず、拳で壁を何度も殴った。
やっと落ち着いてくると、ようやく俺の方を向いた。
「今の客が悪い。でも手本になったろう?さあ、始めろ」

俺は机を見た。すでに電話は壊されて壁際に落ちているので、
電話のしようがない。
「引き出しに新しいのが入ってるよ」
筋肉質の男が俺にそう言って、自分で出せという視線をこっちに向けた。
引き出しから新しいダイヤル式電話を取り出す。
電話線を繋げると、俺はふたたび受話器を持った。

「もしもし、こんにちは。ハデス商店・・・」
「すいません今、忙しいので・・・」
「あ、ごめんなさい」
電話を切ろうとすると、筋肉質の男が凄い目で睨んできた。
「5分でだけでいいんです!話を聞いてください!」
俺はあわてて電話の相手にそう言った。
「忙しいんです」

「すぐに終わります。きっといい話ですので」
「しょうがないですね。3分だけ聞きます」
言ってみるものだ。相手はなんとか聞く気になったようだ。
「ありがとうございます。実は当店では、この世にめずらしい”すごいやつ”を
安く提供させていただいています」
「何ですかそれ?」
「すいません、少々お待ち下さい」

俺はすごいやつについて筋肉質の男に聞いた。
お客さんが聞いてきたことなのだから、きっと答えてくれるはずだ。
「すいません。すごいやつって何ですか?お客さんが知りたがっています」
「こう答えろ。買ってからのお楽しみ。きっと驚くからって」
期待は見事に外れた。仕方なく俺は電話の相手に答えた。

「すいません。買ってからのお楽しみとの事です」
「はぁ?」
5秒の沈黙が走った。この5秒がいつもより長く感じた。
これ以上沈黙を長くしてしまうと、話が相手から電話を終わらせる方向に
変えられてしまう恐れがあるので、俺は無理してでも口を開いた。
「・・・でも、きっと驚かれると思います。決して損ではありません」
相手のため息が聞こえた。

「で、いくらなんですそれ?」
「い・・・一千万・・・」
「一千万!?」
「・・・のところを、今だけハデス商店10周年記念という事で
特別にたったの300万円で提供しています」
「ふざけんな!!」
電話が一方的にきられた。やはり値段が高すぎるし、
何なのかも分からないものを普通の人が買うわけがない。

交渉に失敗した俺を見て、筋肉質の男が舌打ちをした。
「おいおい、ノルマちゃんと達成しないと、給料あげないぞ」
それは聞いていなかった。ノルマを達成しないと給料がもらえないなんて。

確かにこの仕事は体力は使わないが、
わけの分からない怪しいものを300万で売るなんてできるわけがない。
俺は考え込んだが、筋肉質の男はその時間すらも与えてはくれなかった。
「何をしてる?時間かせいでいないで、売らんか!!」
「わ・・わかりました」

仕方なく、またダイヤルを回す。
できれば相手が頭のよくない人であってほしいと願いながら。
「もしもし。誰?」
相手がでた。気の強そうな男の声だ。
「もしもし。突然で失礼ですが、私ハデス商店というものです。すいません。
よろしければ、少しお時間を少しいただけないでしょうか
1分だけでいいんです」
「うるせえよ」
「そこをなんとか・・・」

「まったく!使えねえヤツだな!」
筋肉質の男が横から言ってきた。俺に近づいてきて、受話器を横取りする。
「もしもし!お客さん!すごいやつ、買ってくださいよ!!」
「はあ?」
「すごいんですよ。買ってくれないと、きっと後悔しますよ」
「聞きたくもねえな!」
「なんだとてめえ!俺の話がきけねえのかよ!!」
筋肉質の男がそう叫んだ瞬間、電話が切れた。

ふたたび、室内に激しい衝撃音が響いた。
しかも、今度は電話を壊すだけでは収まらず、俺に殴りかかってきた。
「痛いっ!
「てめえがぬけてるからだろうが!」
顔を殴られ、背中もおもいっきり蹴られた。
「てめえの給料はこれから時給298円に変更だ!」

「え?」
「聞こえねえのか?時給298円に変更だよ!」
「・・・」
殴っておいて、給料まで変更されちゃ仕事にならない。
俺はもう帰ることにした。最初から思っていたが、ここはおかしい。

俺が部屋をあとにしようとすると、、筋肉質の男が俺に皮肉をいってきた。
「ゴキブリってのはな、強い人間がいるとすぐ逃げるんだ。ははははは!」
言い返してやりたいが、殴られたりするのはイヤなので、仕方なく
エレベーターで一階に下りて、ビルをあとにした。
俺は思った。社長に他の派遣先を紹介してもらうしかないと。

 

ふたたびあの人材派遣会社ブレインキルに向かった。
2階の面接をした部屋に入ると、社長がソファにどっかりと座っていた。
「なんだい山奥君。仕事はどうしたのかね?」
相変わらずにこにこしていた。
「すいませんが、他の所にしていただけないでしょうか?」
「あー、他は今、間に合っているよ。ハデス商店以外は無理」
「そこをなんとかできないでしょうか?一生懸命やりますので」

俺がそう言うと、社長は突然机の引き出しから、何かを取り出した。
耳栓だった。
「山奥君、そんなに無理な事言わないでくれ。君が向こうで何があったか
知らないけど、これ以上言ったら私、極度なストレスで死亡してしまうよ。
安全のために耳栓をしようかな・・・」
社長は耳栓をじっと見つめた。俺はかまわず頼む。
「おねがいします」

社長に土下座をした。すると社長は耳栓を横に放り投げ、
初めて表情から笑みを消した。
「土下座するなんて、ウジムシみたいだよ。山奥君」
「・・・」
冷たい視線を上から感じる。

「教えてやろうか金の亡者!
体力を使わないバイトっていうのはな、
あくまで体力だけは絶対使わないという意味なんだよ。
体力を使わないで人間、死ぬ事だってできるだろ?」
社長の言っていることの意味は分かった。俺を騙していたのだ。
俺は土下座をやめて、社長をにらみつけた。

「なんだその目は、時給298円が調子にのるんじゃない」
やっぱりそうだ。298円は、筋肉質の男が言っていた言葉だ。
奴とこの社長はつるんでいた事がよく分かる。
あそこで失敗した俺は、もう捨て駒になったのだろう。

ここにはもう用はない。俺は社長に背中を向けた。
「そうだ。帰れ帰れ。時給29円。いや、2円。間違えた。0、2円」

俺が部屋を出た後も、社長の声が聞こえてくる。
「帰りたきゃ帰れ。なんだよ。怒らないのかよ。つまんない奴だ」
エレベーターに乗ると、ドアが閉まる直前、恐ろしい光景が
俺の目の前に映った。
社長がおしりペンペンをしている。俺を挑発するように。
ドアが閉まった。その後もまた社長の声が聞こえてきた。

「私もつれてってくれーーー!!」

俺はかまわず無視した。
次のバイトを探すことにしよう。

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