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後ろ歩き

信号が青になった。
大勢の人達が一斉に進む中、ヤクザ風の男が
反対側から進んできた”後ろ向きで歩いてる人物”にぶつかった。
「てめえ、どこ向いて歩いてんだよ!!」
「・・・」
そいつはヤクザでも振り向くことはなかった。
特に震えている様子はないので、振り向けないのではなく、
振り向きたくないだけだ。

「喧嘩うってんのか!!」
ヤクザが拳をそいつの腹に当てる。固かった。
ヤクザが痛そうに拳を手で押さえた。
「いっつ~~~」
「悪いなヤっさん。くさりかたびら装備してんだよ」

初めて振り向いた。男だった。名前は鎧田 武。
この男は常に自分の周囲を警戒している。
どこで注文したのか、くさりかたびらを装備していて、ズボンまで鎖でできている。
それは、いつどこから銃弾等が飛んでくるのかわからないと
神経質になっていて、自分の命を守るためらしい。

さらに、最も心配にしている自分の背後に関しては、
後ろ向きに歩くことによって解決している。
だから街では進むたびに人とぶつかりやすい。

「くそ。変なもん着やがって」
ヤクザが鎧田をにらみつけた。
「誰も俺を殺せやしないぜ」
「はいはい」
信号が点滅した。ヤクザがさっきまでの迫力が嘘だったかのように
その場を後にした。あきれたのだ。

「バカヤロー!!死にたいのか!!」
車だった。信号は既に赤い。鎧田は自分に酔いしれ立ち止まっていたのだ。
「俺を殺せるか?やってみろよ。ちゃんと、くさりかたびら装備してんだぜ」
挑発するような視線を送りながら、歩道を渡りきった。
車はそんな挑発にはのらなかった。

 

「きゃっ」
女性が転び、バックから化粧品が散らばった。
また鎧田がぶつかったのだ。
「大丈夫ですか?」
後ろ向きのまま言った。不自然すぎる。

「はい。大丈夫ですけど・・・あの、どこを見てるんですか?」
「見てるのではありません。防御体勢に入ってるんです」
鎧田の顔は自慢げだった。もっとも女性にはその顔が見えないが。
後ろ向きのまま、化粧品を拾うのを手伝うと、軽く謝って
ふたたび後ろ向きのまま進み出した。

向かう先は銀行で、新しい通帳を作るのが目的だ。
それは、今まで使っていた通帳のページが全て埋まったので
使えないためだった。
「いってーな」
また誰かとぶつかった。今度は男だった。
男はいつもこれだ。鎧田にぶつかるたびに、キレそうになる。
「こっちはいたくないぜ。くさりかたびらだ。ざまあみろ」

そもそも男がキレやすくなる原因は鎧田にある。
くさりかたびらを装備しているため、ぶつかった時は相手が余計に痛がるのだ。
男が殴りかかってくる。
「交通安全」
「ぐあああ!!」
鎧田は何もしていない。男が自分の拳を砕いただけだ。

「ざまあみやがれ。俺はくさりかたびらを装備してるんだ」
「ちくしょう!」
鎧田は、拳を押さえてゆがんだ表情をした男に、蹴りを入れようとした。
すると男が逃げた。
「おーい、あんた後ろ向きに逃げたほうがいいぞ。
俺がもし拳銃持ってたら避ける事ができないからな」
その背中に向かって皮肉っぽく言ってやった。

 

パクトン銀行。
この日本で5本の指に入ると言われる大手の銀行だ。
鎧田はこの銀行で通帳を交換してもらう。そして、ここでも常に後ろ向きだ。
さすがに銀行となると、周囲の視線はさらに集中してくる。
まるで全方向から針が飛んでくるかのようだ。
それでも命には変えられないので、仕方がなかった。

ただ、最近では鎧田はそんなもんとっくに慣れている。そう、くさりかたびらだ。
くさりかたびらを装備していると、銃弾やナイフなどの危険性を
減らすだけではなく、周りからの冷たい視線などからも守られているような
気がして、安心できるのだ。
そして堂々と受付前まで進み、整理券を受け取る。

「20分は待つなこりゃ」
空いてるソファを見つけると、二人分のソファを占拠する。
座ってはいない。仰向けに寝ているのだ。
座っていると、やっぱり背後が気になってどうしようもないからだ。
あと頭上だ。座っている事により、自分が低くなるので、
その分、上からくる敵からの攻撃の可能性が高いと考えられる。

そうなると、仰向けに寝たほうが方がさらに低くなって不利かと思うが、
実は違う。仰向けだと上を向いているので、十分防御できるのだ。
それは、上からの攻撃が正面からの攻撃になっていて目ですぐ分かるからだ。
さらに、後ろからの攻撃だったものは、ソファのおかげで回避できる。

ちょうどソファの背中をつけるとこが壁になるので、鎧田が完全に隠れる。
はみでている体がソファで隠れと、後ろからは完全に見えない。
だから安心して順番を待てるのだ。

 

順番が回ってくると、ゆっくりと立ち上がり、受付に近づいた。
後ろ向きのまま近づいているので、受付の人の顔が一瞬ひきつった。
「通帳の空欄が全て埋まった。新しいのが欲しいんだ」
「あ、あの・・・こっち向いて言っていただけます?」
前もそうだった。後ろ向きのまま受付に近づいただけで、挙動不審扱い。
ただ、自分を守りたいだけだというのに・・・。
その時は、もちろん受付の言ってることなど無視し、後ろ向きのまま済ませた。

今回も、受付の言ったことに応じなかった。
前回同様、振り向いた瞬間というのが、一番危険だと分かっているからだ。
ヤクザなどは自分が怖い顔しているのでそれだけで相手がびびると思っている。
ところが、弱そうな奴というのは、それがないため、武器に頼りやすい。
だから、振り向くわけにはいかない。

「無理だ。さっさと言われたことをやれ」
「顔を見せてください」
「じゃああんたが、俺の前にくればいいじゃないか」
少し間が開いた。
受付は少し考えて、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。ではそちらに行きます」
「そうしてくれ」

 

顔の確認が終わると、受付はややホッとした雰囲気に戻り、
持ち場へ戻った。
「では、通帳をどうぞ」
「おう」

鎧田は鎖ズボンのポケットから通帳を出した。
「ほらよ」
「ソファにおかけになってしばらくお待ち下さい」
また待つことになった。鎧田はさっき仰向けになっていたソファに目をやる。
「!!」

トラブル発生。そこに老人が座っていた。
焦って周囲に視線を巡らすと、どこもソファが2つ並んで開いているところがない。
1つだけだと、座ることはできても、仰向けは不可能だ。
鎧田は頭を抱えた。一人分のソファにどうやって座るか必死に考えた。

「どけよあんた」
後ろの奴が、受付の前でぼーっとつっ立ってる鎧田に言った。
「ああ、すまない」
鎧田はその位置からどいてやると、ふたたびソファを見ながら考えた。

数分後に、ようやく思いついた。
開いているソファを、2つ並べればいいのだ。
鎧田はソファに近づき、持ち上げた。警備員がこっちを向いている。
「見んなよ」
警備員の視線が気になったが、上手く並べ終わる事ができた。
これでまた仰向けに寝て待つことができる。

 

その時だった。入り口の方で実弾の音がした。
「キャーー!!」
悲鳴も聞こえた。もしかすると、銀行強盗かもしれない。

 

やっぱりそうだった。サングラスとマスクをした男が
入り口で見つけた人質を抱えてそいつに拳銃を向けながら入ってきた。
「手を・・・あげあげ・・・あげろ!!」
気の弱そうな銀行強盗だ。
皆、言われたとおりに手を上げると、銀行強盗は受付の方に近づいた。

受付がなぜか鎧田を見ている。
「?」
受付の目には、くさりかたびらを装備している鎧田がグルに見えたのだ。
銀行強盗がくる日に限ってそんなものを着ているなんておかしい。
鎧田もその事に気づく。
「違うんだ!俺は毎日着ているんだ!!」

 

受付の前で、ドジな銀行強盗が警備員に倒された。
そのまま警備員が鎧田に近づいてくる。
「逃げるなよ。サツも呼んである。この悪党が」
「うわーーーー!!」
頭の中が真っ白になった。考える前に体が反応したように鎧田は逃げ出した。
警備員は追いかけてこない。

銀行を出て、道路を走っていると、警察が追いかけてくるのが見えた。
後ろ走りで逃げているので、すぐに分かったのだ。
でもおかしい。どんどん警察が近くに迫ってくる。
「うわ~~~来るな~~~」
捕まる間際に、鎧田は後ろ走りだとスピードが遅いという事に気づいた。

 

翌日、警察の誤解がとけた鎧田は、無事に釈放された。
それをきっかけに、鎧田はふたたび服装を変える事にした。

今度はくさりかたびらの上に服を着ているので、おかしく見えない。
また、後ろ歩きにあわせるために、服は逆に着ていた。
顔も黒く塗りつぶしてあって、頭の後ろには顔のシールが張ってある。
さすがに靴は逆にはけないので、
かかとのとこに目を書いてごまかしている。

「さあ、銀行に入るぞ!!」
鎧田は自信に満ちた表情で銀行の中に入った。
昨日受け取りそこねたあの通帳を受け取るために。

入り口を通過すると、昨日のときとは別の種類の視線が集まった。
今度は針がとんでくるような、そんな視線ではない。
みんな必死に笑いを抑えている。
昨日と同じ受付の人も顔を隠しているようだ。おそらく笑っているのだろう。

鎧田はどうすればいいのか分からなかった。
いろんな奴らに笑われるなんて、経験したことがない。
「バーーーーカ」
正面から声が聞こえた。鎧田は後ろ向きなので誰だか分からなかった。
向きを変えて確認しようとしたが、すでに遅かった。
「笑いたきゃ笑えばいいだろ」

その瞬間、まるで今まで閉まっていたフタがとれるかのように、
銀行内にいる奴らが、鎧田に向かって笑い出した。
「がはははははは!!」
「ぎゃーーーはははは!!」
つられて鎧田も笑う。
「あはははははは」

友情がめばえた。

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