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激しいバイトの面接2

人と話すと緊張する人。
俺からみれば、うらやましい限りだ。
できたら、”もう人生なんて諦めている俺”とそいつの脳を交換したい。

俺の名前は撃男。バイトの面接歴は半年だ。
一度もバイトに採用されたことがないので、すっかり自信をなくしている。
そりゃそうだ。俺は人と話すと感情が暴走してしまう。
ようやく俺にも分かり始めてきたのだ。もう無理だという事に。

・・・今は、誰かに俺を慰めて欲しい。
少しでも慰めてもらえれば、無理だと分かっていても
バイトの面接に再チャレンジできる・・・そんな気がしていた。

 

俺のそんな強い意思があったからだろうか、
行動の範囲は広くなっていった。ただし、友達を作るという範囲で・・・。

今、俺の目の前には、漫画喫茶のパソコンを使い
出会い系サイトを通じて、初めてのご対面になる安田君がいた。
安田君は、出会い系の掲示板に友達募集の書き込みをしていたので、
俺が返事をしたのだ。

すると、安田はいきなり”会う”話しを持ち出し、
さらに待ち合わせ場所を”ここ”に指定してきたので、
相手の事を何もしらないまま、合う羽目になった。
「あんたが撃男さんかい?」
撃男「は・・・は、は、ははははは初めまして。げげげ、げぼげぼげぼげげ撃男です」
「?」
俺は緊張もしているが、
それ以上に自分の暴走する感情を抑えるのに必死だった。

撃男「す・・・すすすすすすすぱぱぱぱぱすぱすぱすいません。
はじはじはじはじ・・・はははははじはじじじい初めてなももももんもん
もみもみもみもんで・・・・・」
「・・・大丈夫ですか?」
俺はその言葉に反応した。”大丈夫ですか?”
そんな事言われると、ついついダメなフリをしたくなる。

撃男「い、い、い、・・・いいえ、だだだだだだ大丈夫じゃありありありあ
ありころころありありころころありころころありません」
泣きそうな顔で言った。
「そうですか。じゃあまた今度という事で・・・」
急に安田が帰ろうとした。俺の描いたシナリオと全然違う。
シナリオ通りだったら、ここで俺をもっと心配してくれて
いろいろ勇気付けてくれる言葉をくれているはずだ。

撃男「ままままま待ってくだくだくだくだください!
ぼんぼんぼんぼくぼくぼくぼっくっくぼっくっく僕は
もう人生がダメで・・・あの・・・」
安田は振り向かない。俺は背を向けたままの安田の背中をつかんだ。
撃男「僕は・・・きょきょきょきょきょ今日、死のうかと・・・思って・・・いる」
「しつこい」
安田は冷たい口調でそう言って、俺の前から姿を消した。

 

俺は思った。人に頼った自分がバカだったと。
たちまち頭をフルに回転させた俺は、ある考えにたどり着いた。
それは、愛用のクマちゃんのぬいぐるみに慰めてもらう事だ。
人がダメなら、それ以外に慰めてもらうしかない。
ここは、人のたくさんいる公園だが、人目なんて気にしている余裕はない。
俺は持っていたボストンバッグからクマちゃんのぬいぐるみを取り出し、
話しかけた。

撃男「クマちゃん・・・僕ちゃん、もうダメだ」
返事は、もちろん自分でする。
撃男「そんな事ないよ。激男!頑張れ!お前はやればできる男だ!」
クマちゃんのぬいぐるみをもっている俺の手は震えていた。
撃男「うぅ・・・でも、何度も面接に落ちるんだ・・・」

撃男「バカ!!」
自分で自分の頬をひっぱたく。
撃男「なんですぐに諦めるんだ!まだ数百回面接に落ちただけじゃないか!
撃男!キミは才能に満ち溢れれいる!さぁ、元気を出すんだ!!」
今度は自分で自分の肩を叩いた。
撃男「ありがとう!なんだか勇気がでてきたよ!」

俺は表情を無理に元気そうに変えながら、クマちゃんのぬいぐるみを
ボストンバッグにしまった。
撃男「よ・・・よし!リベンジだ!!」
本当は元気にはなっていない。我慢しているのだ。
でも、効果はあった。次の面接にリベンジできるようにはなれた。

 

まずは、証明写真を撮る。

失敗した証明写真

我慢しているためか、無理して気持ちを抑えている顔が写真に現れた。
撮り直そうと思ったが、普通の顔を無理やり作ろうとすれば、
今度は面接官をなめているような余計気持ち悪い顔になる恐れがあるので
やめた。今はこの証明写真にせざるを得ない。
そう・・・会話さえ、面接官とうまく会話さえできれば、
写真を見せた時のマイナスな印象など、すぐ薄れていくだろう。

次は精神をいかにして普通に保てるか・・・という材料を集める。
クマちゃんのぬいぐるみ。・・・これがないと感情が安定しない。
精神安定剤。・・・薬の力は効果的だが、これでもまだ足りないくらいだ。
自分を縛るロープ。・・・感情が暴走しそうになったら、これで自分を縛る。

すべての材料が揃うと、早速コンビニで無料の求人カタログをゲットした。
迷いはなかった。比較的簡単に採用されそうな肉体労働系のバイトを選ぶ。
電話を済まし、翌日にバイトの面接へ行くことが決定した。

 

・・・目が覚めた。
まだ自宅だというのに、胸の鼓動が激しい。
何度のバイトの面接をしていれば、普通なら慣れてもいい頃のはずだ。
しかし、俺は普通の人間とは違って暴走するという特殊な感情が
眠っているため、面接に慣れるなんて無理な話だった。

時間がせまってきたので、家を出ることにした。
撃男「ゼハゼハゼハゼハ・・・」
息が荒い。こんなはずではない。昨日のあの出来事のせいだ。
別に安田君を恨んではいない。
だが、顔を思い出しただけで感情が刺激されてしまう。

 

誰も入らないような雑居ビルの前に、俺はゾンビのような姿勢で立っていた。
入り口が目の前だというのに、まるで遠くにいるようだ。
不自然なほどにゆっくりと入り口まで歩いていく。

自動ドアが開いた。俺はそれにびびった。
頭が真っ白のときに、いきなり自動ドアが、あまりにもサビついた機械のような
大きな音をたてて開いたので、まるで後ろから誰かに驚かされたようだった。

俺は勇気を振り絞ってビルの中に入った。
まだ胸の鼓動がおさまらない。緊張はしているが、
普通の人と大して変わらないごく普通の緊張だった。
この鼓動は暴走を恐れているために発生している鼓動なのだ。
撃男「ゼハゼハゼハ・・・プシュ~~~・・・」
荒い息は、止めようとしても止まらない。たまにヨダレもでてくる。
これも恐怖が原因だった。

 

面接室の前に立っていた男がこっちを見た。
この顔ははっきりと覚えている。運命はまた俺を敵に回したようだ。
「撃男・・・なんでいるんだよ」
安田だ。俺を見て笑いながら言った。顔もみたくない。
「そんな顔するなよ」
撃男「ゼハ・・・ゼハ・・・ゼハ・・・ゼハゼハゼハゼハ・・・」
「こんなとこで再開するなんて、
俺たちは運命の赤い糸・・・そう、血に染まっていて、
どちらかの死を意味する糸で結ばれてるのか?」
安田は、昨日会った時とはまるで別人だった。
撃男「あ・・・・あががが・・・・」
俺は何も言い返せなかった。何か言ってしまうと、感情が暴走してしまうから。
「何だよ。なんか言ってみろよ」

その時、面接室の方から人が二人でてきた。
撃男「?」
二人は、ちょうど面接が済ませた人達らしい。
「次の方、2名どうぞ」
面接室の奥から俺達が呼ばれた。
撃男「・・?」

安田は、俺の今の状態を見逃してはいない。
「二人ずつだよ。どちらかを採用するんだってさ」
初めて知った。
俺は驚きのあまり、足をガクガクさせる事しかできなかった。
二人ずつの面接なんて今まで一度もやった事がない。

 

「どうぞおかけください」
面接室のでは、椅子が二つ用意してあった。俺と安田は腰を据えた。
テーブルを挟んで面接官は古びたソファーに座っている。

「では、二人とも、名前をどうぞ」
俺は口を開こうとした。すると、安田がそれを遮るようにして口を開いた。
「安田銃太です」
はっきりとした大きな声だった。面接になれているからこそ、出る声だ。
「安田さんですね。ではお隣のあなたのお名前は?」

撃男「ぼぼぼぼぼぼボンボンぼくぼくの名前は撃田撃男と
いいます。よ・・・よろよろよろしくしくしくしくおねがいしまゲボボボ!!」
最後の”す”がいえなかった。言おうとしたら、急に感情の暴走の
かけらのようなものが現れてきたのだ。
ハナからこんなミスをしてしまうなんて、やはり安田が隣にいる事が影響している。

「撃田さん、緊張しているのですか?」
面接官が訊いた。
撃男「い・・いえいえいえいえ。だいだい大丈夫でででででスパパパパ!!」
俺がおかしくなってるのを、隣の安田が横目で
自分よりも下のレベルの人間を見るような目で見ていた。

だめだ。俺はこの状況では自分を保つことができない。自信がない。
こんなときはやはりいつものクマちゃんのぬいぐるみに頼るのだ。
撃男「すいません。ちょっと失礼します」
面接官に申し訳なさそうに一言言って、カバンから
クマちゃんのぬいぐるみを出した。

撃男「うおおおお!くまちゃーん!!くまちゃーーん!!」
目を充血させ、強くクマちゃんのぬいぐるみを抱きしめた。
感情を暴走させるわけにはいかない。少しでも気持ちを落ち着かせるためには、
ぬいぐるみに抱きつくことは大事なのだ。

目の前で、面接官が信じられない光景を見たような顔をしているが、かまわない。
感情を暴走させて面接官を怒らせるよりは全然マシだ。
「撃田さん、落ち着いてください」
安田が俺を見て言った。この男、俺を利用していい人ぶるつもりだろうか。
撃男「ぼ、ぼ、僕は大丈夫でででですすすすすゲガゴゴゴプシュウウウ!!」

また感情の暴走を垣間見せた。全部安田のせいだ。
面接官が俺の顔を覗き込む。
「本当に大丈夫ですか?」
撃男「だだだだ、大丈夫でででですすすすすグゲゲゲ!ピルピル!
ぼぼぼ、ぼくは立派な人間です。隣の人とは・・・ちちちちちち違って
猫かぶぶぶぶぶぶっていない素直な・・・・にににににゲボボボキュパンキュパン
グルルルルスパパパンオェーム人間ですから!」

俺は答えた後で気がついた。今の言葉が人間離れしていると言う事に。
ここからだった。面接官が俺に対する態度を変えたのは。
「撃男さん、本当に大丈夫ですよね。無理しなくていいんですよ。
今日は家に帰って休んだらどうですか?」
「クスッ」
安田が堪えきれず笑った。面接官にも聞こえたようだが、
面接官も安田に笑って返したので、俺だけが孤立したような気分になった。

撃男「クマクマクマクマクマちゃーーん!!
俺は全身を震わせながらクマちゃんに強くだきついた。
撃男「クマちゃーん!クマちゃーん!あばばばばばびぶーーー!!」
感情の暴走寸前だった。俺はクマちゃんに抱きついたまま泣いた。
やはりクマちゃんに抱きつくと、心が落ち着く。
クマちゃんがいるからこそ、自分が壊れずに済むのだ。

その時だった。俺が抱きついていたはずのクマちゃんが
まるで瞬間移動したかのように消えた。
撃男「クマちゃん?」
まさかと思い、隣を見てみると安田がクマちゃんを持っていた。
「面接室でふざけるのはよくないと思います」

安田は笑っていなかった。無表情で俺に言ったのだ。
そんな表情で言われると、まるで俺だけが悪者扱いに見える。
これで確信がもてた。やはりこいつは、俺を利用して面接官に
自分がいい人間だという事をアピールしている。
俺の手元にはもうクマちゃんがいない。
精神安定剤を飲んでも、もう止められないだろう。

クマちゃんがいないという不安感が俺を暴走に導かせるのだ。
ロープで自分を縛りたいが、手が震えてそれすらも出来ない。
撃男「ピィーーーーーーーーッ!!」
俺は鳥の鳴き声を真似した。ついに暴走が始まったのだ。

「撃田さん!」
面接官が俺を呼びかけたが、俺の耳には届かなかった。
撃男「ピッピッピッ、うげげげげーー!トゥルルゲボボボ!あががががー!!」
俺はそう叫んで机の上に乗っかった。
「やめろ!」
安田が机の上に乗っている俺の足を掴んできた。俺は机の上から落ちた。

撃男「おぎゃーおぎゃー!おぎゃーおぎゃー!」
痛い。俺は赤子の鳴き声で泣き叫んだ。面接官は身動き一つできない。
それからどうなったのかは、覚えていない。
気がつくと俺は警備員に追い出されていた。今、俺は倒れているようだ。

起き上がると、ビルから安田がでてきた。面接をすませたらしい。
撃男「!」
「悪いが、俺の勝ちだ」
撃男「クマクマクマ・・・ククマクマクマクマちゃんを帰せ・・・!!」

安田は白い歯を見せて笑った。何か見せたいらしい。
「クマちゃん?ああ、いいぜ。見せてやる」
安田は自分の背中に隠してあったクマちゃんを俺に投げてきた。
それはもはやクマのぬいぐるみとはいえないほどに焦げていた。
撃男「ク・・・クマちゃーーーん!!」
「ざまあみろ!くやしいか!へへへへへ!!」

クマちゃんのぬいぐるみはもうこの世にはいない。
あれは親みたいなものだった。親を失った今、俺は何を頼ればいいのだろう。
例えば、生まれたばかりの猫は、誰が親なのかまだ認識していない頃、
一番最初にみた生き物を勝手に親と決め付ける傾向があると聞いたことがある。

今、俺の目の前にいるのは・・・。
「クマちゃんはもういないぞ!お前の人生はもうおしまいだ!」
安田だった。新しい俺の親は安田と言う事になる。
俺は安田の目ををじっと見た。
「なんだよその目は?」
撃男「ヤスちゃん・・・」

両手を広げた。クマちゃんを抱きつくときの手だ。
安田が驚く。
「く・・・来るんじゃねぇ!!」
あっという間に安田は俺の手に包み込まれた。
「やめろ!ほおずりしてくんな!」
撃男「ヤスちゃーーん!ヤスちゃーーん!!」
「ぎゃあああ!!」

俺は嫌がる安田を連れ、ふたたびバイトの面接を探し始めた。

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