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かまってちゃん

 起床、バイト、帰宅。この生活パターンが5年間崩れない。親から就職を勧める電話がかかってくるが、僕は縛られるのが嫌いなので、一生フリーターで構わないと思っている。休みの日はどこにも行かず、24時間寝ている場合こともあるほどだ。何もやることがない。

 ただ、寂しかった。毎日バイト先の机に向かって黙々とプラスチックの組み立て作業をやっていて思う事。一日中会話もなく、近くの席の女性と目が合ってもすぐ向こうが目を逸らす。その通りだ。ふと、鏡を見た。死人のような目をがそこにあった。人生を放棄しているような目。ある日、目の前で他のバイトが耳打ちをしているのを見た。僕は耳がいい。耳をすますと、ちゃんと聞こえてくるぞ、根暗って。

 そう、ぼくは多分根暗なのだ。性格が顔に現れるというのは、意外と的を得ている。

 

・・・僕を変えたのは一本の電話だった。また親だ。
「母さん、何だよ。休みの日は家でスライスチーズみたいに、とろけたいんだよ」
受話器の向こうから大きなため息が漏れた。
「あんた、もう35歳でしょ?結婚考えたら?」
就職の話かと思ったら今度は結婚。僕は鼻で笑った。
「無理無理、顔が死んでるから」
「孤独死しても知らないからね」
「え・・・孤独死?」
「そう、孤独死。誰にも気づかれずに、ほったらかしにされるの」

 想像した。未婚のまま高齢になり、真っ暗闇の中、誰にも看取られず闇に沈んでいく。数か月の時を得て、死体から異臭が発生したときに、ようやく見ず知らずの赤の他人に気付かれる。ハエに囲まれた体には、全身をウジが這い回っていて、見るに堪えない姿だ。吐きそうになった。

「いやだ!孤独死は嫌だ!!」
 受話器を落とした。ボロアパートの一室で僕は吠えた。

婚活、かまってちゃん発動

 オスのハトは異性をもとめ、鳴き声を出す。求愛のさえずり。バイト先で今、わざと女性に聞こえるように独り言を言っている。残念ながら僕は消極的な人間で自分から声をかけるのが苦手だ。だからこうやって相手から声をかけてくるように気を引かなければならない。

「あ~、今日はいい天気だな~」

 聞こえるように言った。誰か女性の方、”ほんといい天気ね”と返ってくるのを想像した。しかし現実は甘くなかった。何の魅力もない人間が、ごく当たり前の独り言をしても通用するわけがなかった。だが、諦めるわけにはいかない。

「え、こんなにすごいんだ。びっくりしたな~これ。これこれ」

 わざと興味を引くように抽象的な言葉を入れた。強調する部分だけ声を大きくしてみた。一瞬、何名かの女性がこちらを見たが、期待していた反応は何もなかった。根暗が突然しゃべり出したので、きっと珍しかったのだろう。それぞれ、すぐに自分の仕事に戻った。ただ、一人を除いては。

 後方で熱い視線を感じる。振り向いた。筋肉ムキムキの黒人男性が興味津々でこちらを見ている。

「これって、何だい?」
「いえ、何でもないです・・・」
「それは残念だ」
 黒人は肩をすくめたが、僕からまだ視線を逸らさなかったので、逃げるようにして自分から逸らした。

 

 僕は思った。黒人が興味をもったということは、きっと女性の中にも興味をもってくれている人がいるはず。そんな些細な期待感が、行動力へと発展させる。つぎはセクシーな声を出してみることにした。アクビに紛れてセクシーな声をだせば不自然ではないはずだった。

「ふあ~あ、おふ~ん」

 数秒の沈黙が流れ、女性の何人かが嫌そうな顔をした。あからさまに眉間にしわをよせ、吐きそうな動作をする者いる。僕はそれを知ってひどく落胆した。こんなはずは・・・しかしよく考えてみると、男性がセクシーな声を出すというのには、何か違和感があるように思えた。ただ、さっきから後ろの方で、さきほど感じたような熱い視線が気になって仕方がない。女性であることに期待して、振り向いた。

「いい声してるな、お前」

 期待していたのは間違いだった。黒人男性が3人に増えている。増えた黒人二人も、筋肉ムキムキだった。何で増えたのだろうか。きっとたまたまだろう。

「いえ、ただのアクビですから」

 僕は表情を隠すため、ひきつった笑いを浮かべながら正面に向きなおした。

 

 諦めたくはない。これで最後だ。これがダメだったら結婚は諦めよう。興味をひかせる言葉と声がだめだったら、最後の手段。覚悟を決めた。まずは巨大なくしゃみで気を引く。息を吸い込み、一気に声を出した。

「ハクショイーーー!!!」

 女性が一斉にこちらを見た。チャンスだ。

「あ~風邪ひいちゃったよ~体調がよくないな~40度の熱だ~、きついな~、誰かに助けてほしいな~」

 全員の耳に通ったはずだ。反応を待った。 しかしそれは絶望の渕に突き落とすような簡単な一言だった。

 

「うつさないでね」
「・・・」表情が凍りついた。

 

 しばらく身動きが取れなくなる。うつさないでね。せめて、お大事にとでも言ってほしかった・・・。今まで積み上げてきたものが一瞬で音を立てて崩れ去っていくような感覚が全身を走る。僕はこれからどうしたらいいのだろうか。全身の力が抜けていって抜け殻のようになった僕は、目の前の作業テーブルに突っ伏した。みっともない姿。

「風邪大丈夫か?俺たちがお粥作ってやるよ」
「え?」

 分かっていたが、あえて振り向いた。もうどうにでもなれと思った。孤独詩よりは、きっとましだろうと期待した。

 筋肉ムキムキの黒人男は100人に増えていた。全員天使に見えた。ただ、よく見ると全身日焼けしてるマッチョな日本人も混ざっていることに気付く。とても幸せそうだった。自分もそうなってしまうことを想像した。ここから、僕の第二の人生が始まる。

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