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ほんわか笑顔のカウンセラー

 僕はダメ田、ダメ吉。あれだけ一生懸命先輩のために尽くしてきたのに、絶望の底へ突き落とされた。それはたまたまトイレの前を通りがかったときに聞こえてきた先輩の声。ニュアンスで誰かの悪口を言っている事が分かる。内容が聞き取りづらかったので、入口に耳を当てた。

 僕の名前が挙がっていた。入社して半年間、先輩達に早く認められたいために、先に出社してフロア清掃をしたり、お茶を入れたり気を利かせていた。それなのに、陰口の内容は酷く、”奴隷はいつまで経っても奴隷”だとか、”仕事ができない奴は掃除しかできない”等、ひどいものだった。

 僕は茫然自失のまま、定時を迎えると、平静を装って理由をつくり「家族が倒れたので、お先に失礼しますと」挨拶をすまして、真っ先に会社をあとにした。残業している先輩達の刺すようなキツい目線を背中に感じながら。分かっているが、このままここに残っていると、おかしくなってしまうのだ。

 

 家に帰るつもりのはずが、まったく関係ない道を歩いていた。ショックで目的地さえも頭から離れている。気がつくと、目の前にネオンで彩られた看板がいくつも目立つとこにいた。ここはどこだ。やがてその看板のひとつに目が止まった。

”ほんわか笑顔のカウンセラー、辛いときはおいで”

 光るピンクの花びらのナチュラルな枠に入った、手書きの文字で謳っていた。僕は辛かった。誰でもいいから相談相手がほしかった。笑顔だけでもいい、そして落ち込んでいる僕を立ち直らせている優しい言葉をくれたら・・・もしかすると。希望を抱いていた。吸い込まれるように足は店内へ進んでいった。

 中は暗い。気のせいだろうか・・・背後で鍵のかかる音がした。そして、ゆっくりと桃色の明かりが灯った。目の前に男の姿が見えてきた。上半身裸で、片手で生首を持っている。どうみてもまともそうな人間には見えなかった。

謎の男

 僕は一度考えた。きっとこの男は同じように心が病んでいて、カウンセラーに相談しにきたのだと。なるべく目を合わせないようにして、カウンセラーが現れてくるのを待った。ところが・・・。
「お前、俺のカウンセリングを受けたいのかい?」
男が話しかけてきた。
「え?」
「俺のほんわか笑顔、半端じゃないぜ」
その瞬間、頭の中で積み木が崩れ落ちるような音がした。癒す笑顔といえば・・・やさしい女性などを想像していた。ショックだった。たちまち帰ろうと思ったその時、鍵がかかった音がしたのを思い出す。逃げられないかもしれない。

「怖がるなよ。もしかしてこの生首か?」
そう言って男は生首を近づけてきた。背筋がぞっとした。腐敗臭がしてくる。
「こいつは最近、その辺で自殺したホームレスだ。わざわざ首を持ち歩いてるのは、患者にこいつみたいにならないように、見せびらかすだめなんだ。お前もこんなの見たらもう死ぬ気なすだろ?だから俺のほんわか笑顔でお前も自殺とかしないように、救ってやる」
男がゆっくり近づいた。
「か・・・帰りたいです」勇気を振り絞っていった。

「今の現実から目をそらすな。俺のほんわか笑顔を見て、生きる努力をしろ」
男はそういいながら何かを始める動きをした。そのまましゃべり続けた。
「辛いんだろ?今から、ほんわか笑顔みせてやるから、しっかりと癒されろ」
とうとう男はその笑顔を露にした。

謎の男

「ひ、ひぃいい・・・」
鋭い眼光。人間離れした表情。僕は恐怖のあまりうめいた。足が震え、少し押したくらいで後ろに倒れそうにな状態になる。
「これが俺のほんわか笑顔だ。さぁ、俺の胸に飛び込んで来い!」
右手に持っている生首を部屋の隅に放り投げると、こちらに向かって両腕をオープンした。
「さぁ、強く抱きしめて来い!」
「だ・・・誰か助けてくれ!!」
僕は背を向け、入り口の鍵のかかったドアを蹴った。ドアはびくともしない。結局逃げることはできなかった。

 

「お客さん、終点ですよ」
・・・僕は目が覚めた。どうやら夢だったようだ。とても恐ろしい夢だが、そのおかげで何だか少し強くなったような気がする。僕はまだやれるんだと自分に言い聞かせ、転職することを決めた。

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