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透かしっぺ教習所

「ブーーーーーーッ!!」

 通勤ラッシュの時間帯。密閉された空間。巨大な音にビビる者もいれば、鼻を突く強烈な匂いに咳き込む者もいる。私の屁は通常のものとは何かが違う。それは、濃厚な屁と動物の腐った死体を混ぜたような匂い。「ここから出してくれ」と、耐え切れずにドアを必死に叩く者が何人かいた。この臭さ、どれだけ謝っても許される問題ではない。ただ、謝らないよりはましだ。

「すいません」

 どれだけ頭を下げても周囲の冷たい目線に変化は無かった。「乗らなければいいのに・・・」、「分かってるんだったら屁をこくなよ・・・・」。周囲が聞こえるように呟く。棘のような目線に囲まれるここにいるのが嫌になってきた。でも電車に乗らなければどうしても会社にいけない。徒歩だと3時間だ。

 私の屁は会社でも問題になっていた。
「うわー!人間爆弾がきたぞー!!」
出社早々、社員達のやじがとぶ。私の屁は社内でも問題視されていた。奇跡的にクビにならないのは、けっこう仕事ができいるからだ。だが、有能な社員はいくらでもいる。油断をして後輩などに追い抜かれたらばすぐにクビになるだろう。

 そして私の屁にはもうひとつ問題があった。それは制御できないこと。まともな人間であればその兆しが来た瞬間、ケツに力を入れるなりして、トイレに駆け込んで我慢できるはずだ。私にはそれが無理で、突然爆音が鳴る。葬儀だろうが何だろうが一切関係なく。

 昼休み、そんな私に、一人の男が声をかけてきた。

「俺も昔はすごい屁を連発していたんだ」

 意外な人物だった。IT課の山田部長だ。仕事もできるし30代という若さで部長に昇格した凄腕。私の人生はここで一変するのだろうか。

「この秘密は誰にも言うなよ。いいところを紹介してやる」
「まじですか?」

教習所

 部長にもらった地図をもとに、私は”透かしっぺ教習所”にたどり着いた。まさかこんなところがあるなんて。ここは、屁をコントロールできずにコンプレックスを抱いているものが、その技術を身に着けるための学校。外観はいたって普通の教習所となんら変わりなかった。一歩足を踏み入れる。

「入校希望の方ですか?」
「はい、屁村と申します」

 受付は一目で私を新人だと分かった。おそらくこの学校の生徒は数え切れる程度だろう。

「はい、そうです。屁が臭くて、コントロールもできないんです」
「受講料は入学金が8000円、検査料、3000円、授業は1時限毎に4000万円いただくことになります。平均12時間で卒業できますよ」
「入校します。よろしくおねがいします」

 即決だった。思ったよりも安い。入学金を払って登録処理を済ませた。

「ありがとうございます。ではまずこれから、屁の検査をはじめます。屁の匂いの測定に、威力、濃度などを計っていきます」
「よろしくおねがいします」

 すぐさま、受付の後ろのドアが開き、インストラクターらしき男が出てきた。

「よう、新入り。俺が今日お前の担当になる安田だ。がんばれよ。おもいっきりかましてくれ」
「はい、がんばります」
「これから屁測定室へ案内する。ついてきてくれ」

 安田に案内され、受付を右に曲がった先の屁測定室へ向かった。

屁の測定

 屁測定室。無機質な部屋の壁は屁の匂いで充満していた。おそらく他の生徒によるものだろう。奥に測定器があった。ちょうどケツがスッポリはまる形の窪みがある。私はそれを見てすぐに分かった。
「そうだ屁村。あれでお前の屁を測定するのだ。すぐに終わる」
安田はなだめるように言った。
「がんばります」

 測定器にケツを入れる。窪みにフィットしなかったが、安田が測定器のボタンを押すと、すぐにジャストフィットする形になった。そのままピコピコピコンと音が鳴り、測定器の小さな液晶ディスプレイに謎の数値が出た。75と。

「ほう、75か。お前のケツのサイズだ。小さいな・・・でかい奴は300ぐらいあるぞ」
「300ですか。それはすごいですね」
「じゃあ早速、屁をかましてもらおうか」

 安田が液晶ディスプレイを見た。私はケツに力を込める。
「おおおおお!・・・・・ブバッ!!」
鼓膜が破れそうな爆音の元気な屁を測定器にぶちまけた。測定器からの音がけたたましく鳴る。
「これはきっとすごいぞ」
液晶ディスプレイを見ていた安田が驚く。測定器から結果シートがでてきた。それを読み上げる。

「圧力73、匂い450、音量530!!空圧などはたいしたことないが、匂いと音が人並み外れている。よくそんな小さいケツから出てくるな~感心しちゃう」
「そ・・・そうなんですか」

 覚悟はしていたが、実際に言われてみるとやっぱりショックだった。私の屁はとにかくうるさくて臭い。この教習所をもっと早く見つけていれば、今の。・・・初日は測定のみで終わった。

2日目

 今日からいよいよ本格的な授業だ。受付を左に曲がったところに教室があった。私と数名の生徒入っていく。席に着いた。チャイムがなると、教官らしき人が入ってきて、教壇に立つ。

「はじめまして。今日お前達に指導することになった、安岡だ。緊張するな、一時限目は”屁の基本”。そんなに難しいことはしないから、気楽にしてくれ」
生徒達を見渡しながらやんわりと言った。そのまま手を前に出し、指を3本立てた。

「3回かました。気づかなかっただろ?」
誰も気づかない。私もまったく気がつかなかった。そんな素振りを感じ取れなかったし、さすが教官だけのことはある。
「驚くことはない、お前達も卒業するころにはそうなっている」
得意げな顔で教官が言った。

 授業が始まる。私を含め、3名しかいない生徒達。それぞれケツに粘着パットを貼る。。筋電計を使って屁が出る瞬間の筋肉の動きを確認させるためだった。合図とともに、一斉に屁をこいた。異なる屁のメロディが教室全体に鳴り響いた。音量は圧倒的に私が勝っていた。データが取れると、生徒に確認させた。ケツに力が入りすぎていることが分かった。

「屁の基本、それはケツの力を調節することだ。グッと力を入れ、空気がでそうになったら一気に緩める」
あとはひたすら生徒達に屁をこく練習させた。少し上達したような気がする。

3日目

 気がつけば4時限目。大分屁をコントロールする技術が身についた。2~3時限目はケツの筋肉、屁を空気の調節等の主に力をコントロールすることを中心とした授業だった。最初に比べたら屁の音も大分弱まったような気がする。

「さぁ、授業を始めようか」
今日の教官は検査してもらったあの安田だった。4地面目からは内容が少し変わる。テーマは匂いのコントロール。技術的な内容になりそうだ。教官がまず屁をコントロールする手本を見せた。生徒達に分かるようにわざと音を出す。

「プッ、プッ、プッ、プッ、プッ」
「おー!」私を含んだ4名の生徒達が声をあげた。
「これを、分散屁という」

 分散屁。はじめて聞く屁の高等技術だった。私にこんな高等テクニックができるのだろうか。教官が続けて説明する。

「空気の少ない屁は時間がかかるため、リスクがある。それはバレやすいことだ。同じ場所からへの匂いが発生しているので、すぐに匂いのポイントを絞られてしまう。そこで分散屁。移動して、決めた場所に屁をこく。そしてまた別の位置で屁をこく。これを繰り返すことにより、どこから匂いが発生しているのか分かりづらくなるので、その結果ばれにくい」

 実際にやると、けっこう難しい。屁を途中で止めるひつようがあるので、違う筋肉を使うようだ。私だけではなくほかの生徒も結構苦戦した。この授業は3時限にもわたって続けられた。

4日目

 7時限目。分散屁はマスターできた。あと6時限。この教習所は1時限が約1時間と長め。残りはどんな内容になっているのだろうか。全く想像はつかない。ただ連日、屁の練習をしているのでケツに大分疲労が溜まってきている。

「8時限目はケツの回復についてです」教官は安田だった。

 今回に限っては屋外講習らしい。生徒全員が安田の後をついていく。教習所を出て、最寄駅に向かった。改札を通過し、電車のホームで安田が振り向いた。

「ここで授業を始める」
「先生・・・一体これは」生徒の一人が聞いた。
「見てろ」

 安田が突然黄色い線の点字ブロックに座り始めた。デコボコの上で、ケツを上下左右に動かしている。
「こうやってケツをマッサージするんだ。恥ずかしいけど我慢しろ」
「けっこう人が見てますよ」私が聞いた。
「みんなでやれば恥ずかしくない」
確かにそうかもしれないが、集団で横に並んで点字ブロックでのケツマッサージしている光景は非常に目立つ。だがやるしかなかった。全員がマッサージをすると、周りからの視線を感じた。クスクス笑い声も聞こえる。私は赤面し、恥ずかしさに耐えながらマッサージを続けた。

5日目

 今日も安田教官。状況に合わせた屁のこき方について学んだ。例えば、外で雷の音がなったタイミングに合わせて、屁をかます。大きな音が出ているときに屁をこけばバレないが、これもやっぱり音にケツを反応させるため、体で覚えなければならない。安田がこの授業のために用意してあったCDを再生する。雷の音が一定時間で流れた。

「よし、始め!」

 安田の開始と同時に、音に合わせる屁の練習が始まった。タイミングがズレた生徒はかなり目立つ。

 1時間後、今度は違う内容の授業になった。ごまかす方法だ。あからさまにケツを片方浮かせて屁をこくと動きでバレてしまうので、不自然に見えない方法を教えてもらう。例えば席についているとき、右の引き出しを開けたいとする。そのとき右手で引き出しを引くと同時に左のケツを浮かし、体を少し右に倒す。これなら左のケツが浮いても不自然に見えない。
単純そうな動作も、実際にもやってみないとと身につかないのでこの動きも練習した。今日は2時間にわたる授業だった。

6日目

 10時限目。今まで習ったことを磨く技術向上の練習だった。空気を調整する力の入れ方、そしてどのくらい空気が溜まっているか認知する力。教官の横でアドバイスを受けながらみっちりやった。

 そしていよいよ最後の項目。教官は初めての人だった。かなりガタイがいい。

「俺は安神。よくここまできたな。最後の授業は2時間かけてようやく実につけることのできる究極のスキル」

 安神は早速始めようといわんばかりに、生徒全員の前で手本を見せた。普通に屁をこく。匂いを確認するように言われたので、後ろに回って嗅いでみた。無臭だった。ところが正面に回ってみると、もろに屁の匂いがしてきた。一体どうなっているのだろうか。

「理屈は簡単だ。まず屁を出してケツで塞ぐ。あとはケツの筋肉をうまく動かして空気を前方に送るんだ。最強だろ?」

 こんな高等テクニックがあるとは知らなかった。覚えたい。これをマスターすれば絶対に屁がバレないからだ。授業が始まると、生徒達全員でその練習を行った。難しいと思われた高等テクニックだが、今ではもうケツの筋肉をあっる程度器用に動かせる。覚えられる自信はあった。

 練習開始30分後、、私はようやく屁を前に送ることができた。音もでない。完璧だった。生徒達から拍手喝采を浴びる。それは私だけではなかった。それぞれの生徒達が成功を称え合う。私も他の生徒の成功を素直に喜ぶことができた。一緒に努力して最後とっておきの高等テクニックを身につけた喜びは感動ものだった。教官から、今まで見たことのない笑みがこぼれる。

「いいぞお前ら、よくできたな。明日はいよいよ卒業試験だ」

7日目 卒業検定

 覚えられるものは全て覚えた。今日卒業検定を受ける生徒は3名。私は受付のすぐ左にある階段を上り、2Fへ上がった。少し廊下を進んでいった先に試験室がある。名前を呼ばれた順に生徒が試験を受ける流れだ。私の順番は2番目になっていた。基本的に筆記試験はない。最初の受験者が呼ばれ、私は部屋の前に用意された椅子に座って終わるのを待った。

 10分後、1人目が終わった。気になったので訊いてみる。
「どうだった?」
「最初の測定器と同じやつを使っていた。だが・・・」
「だが?」
「最後のやつに苦戦した」
「最後の奴?」

 これ以上聞かないことにした。不安が募るだけだ。そして、私の名前が呼ばれた

「屁村さんどうぞ」

 試験室に入ると、屁測定室と同じ測定器が設置されていた。その前にはマスクをした試験管が立っている。しかしマスクの色は屁で染まっているのだろうか、茶色がかっていた。おそらく前の受験者のものが染み込んだのだろう。
「では、入学のときと同じように、測定器にケツを当ててください」
試験管の言うとおりにし、屁をかました。無音だった。匂いは生まれつきのものなのでどうしようもないが、これは突破できる自信がある。

「おめでとうございます。クリアです。次は屁のコントロールです」
壁際に設置されたテーブルに3つのボーリングのピンが立てられている。試験管が説明を続けた。
「2本倒して下さい。空気の威力をコントロールできればいいので、音はたくさん出ても構いません」
「分かりました。頑張ります」

 私はケツの力を調節して屁をテーブルの上にあるボーリングのピンに向かってかました。一本目がすぐに倒れた。2本目はグラグラ揺れている。心で願った。倒れてくれ、倒れてくれと!そのとき、カタンと音がした。2本目が倒れたのだ。
「よし!」
これもクリアした。

「いい調子です。では、最後の試験です」

 私は息を呑んだ。1人目が言っていたことを思い出す。最後の試験は苦戦した・・・その言葉が脳裏を掠める。試験管が口を開くのを待った。少し間をおいて、ようやく開いた。

「ところで、お金のほうは大丈夫ですか?」
「え?」
意外な言葉だった。最後の試験の前に、俺をリラックスさせるつもりで言ってるのだろうか。
「受講料は入学金が8000円、検査料、3000円、授業は1時限毎に4000万円です」
「ええ、大丈夫です。入学金と検査料はすでに払っています。授業料は最後一括払いしますので」
「本当に大丈夫ですか?」

 何か意味ありげな口調だった。私は今言われたことを、記憶をたどってもう一度頭の中で繰り返した。1時間毎に・・・4千円。ここに違和感を感じた。念のため、試験管に聞いてみる。

「あの、一時間毎にいくらでしたっけ?」
「4000万です」
一瞬、意識が飛びそうになった。あまりにもショックで、その場から一歩も動くことができない。なぜ、4000円あと思い込んでいたのだろうか。おそらく、最初の8000円と3000円でひっかかってしまったのだのだろう。一生かかっても払える金額ではない。この状態で最後の試験を受けられるだろうか。だがここまできたからにはやるしかない。借金に苦しむくらいなら、最悪自殺しても良かった。私は一度深呼吸をした。今は試験に集中するしかない。

「大丈夫です」
「そうですか。はい、試験終了です」
「へ?」
「4000万っていうのは実は軽いジョークで、本当は4000円です。あなたの覚悟を調べるために用意したこれもカリキュラムだと思ってください」
「そ・・・そうですか。よ、良かった」

 4000万は冗談で、卒業できた。一瞬、地獄を見たがすぐに天国へと変わった。この私がついに屁の悩みから解放されるのだ。これからのことを考えると、楽しみで仕方ない。全身に力がみなぎってくる感じだ。
「おめでとうございます」と、試験室をあとにする私を笑顔で試験管が見送った。

 こうして私は無事にこの透かしっぺ教習所を卒業することができた。

満員電車

 屁の匂いが充満している。もちろん私がかましたやつだが、今の私は屁を自在に操ることができるため、誰も気づかない。周囲の疑いは私の前にいる人たちに向けられている。

 慣れてくると、つり革につかまらず、本を読みながらでも屁をかませるようになった。これから毎日、満員電車が楽しみになってきそうだ。会社でもうまくやっていけるようになったし、人生が大きく変わった。大成功だ。

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