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半額弁当のシール

 19時30分。スーパーの弁当売り場に殺気が交錯するただならぬ雰囲気ができていた。ホームレス、太ったおばさん、ニートが正方形の机の上にずらっと陳列された弁当を囲むように立っている。

 太ったおばさんの目が充血した。人差し指でテーブルをコンコン叩き怒りをあらわにしている。
「おかしいわねぇ、そろそろ来るころなんだけどねぇ」
ホームレスはその主婦の目の動きを追った。しきりに中央に置かれた幕の内弁当に視線がいっている事が分かった。当然、ホームレスも同じ弁当を狙っていた。一方、ニートは弁当とは違うところを見ていた。

 その視線の先は店員控え室のドアだった。ここからシールを貼る店員がでてくるようだ。刻々と時間が過ぎてゆく。19時45分、未だに弁当にシールが貼られていない。気の短い太ったおばさんは痺れをきらし、とうとう怒鳴る。

「まったく!いつまで待たせるのよ、このくそスーパーめ!」

 その時、ようやく控え室のドアが開いた。店員があわてふためいている。どうやらシールを貼るのを忘れかけていたようだ。真っ先に動いたのはニートだった。誰よりも早く幕の内弁当を持つと、そのまま店員のほうへ向かった。幕の内弁当は一つしかない。おばさんとホームレスは、ニートのすばやい動きに対応できなかった。おばさんが拳でテーブルを叩いた。
「くそニートめ!」

「シール貼ってくれ」
ニートが言った。 
「はいはい、シールね」
店員がシールを貼る瞬間を見て、ニートは勝ち誇った表情をホームレスとおばさんに向けてやった。優越感を堪能する。だが、その喜びも束の間だった。
「ん?」

よく見ると、半額ではなく2割引シールだった。
「何だと!?」

「ざまぁみろ。先走った結果だ。フェイントにかかるとはな!」
ホームレスはニートの様子で半額シールではなかったことを悟った。そう言って笑うと、幕の内弁当を諦めて、のり弁に狙いを定めた。しかしおばさんの狙いもすでにのり弁に定まっていた。幕の内弁当を手にしたニートとぼとぼとレジへと向かっていった。ニートはこの戦いに負けてしまったのである。
シールの人が少しづつテーブルに近づく。ホームレスはどのシールを出すか慎重に店員の動きを探っている。おばさんはいつでも手を伸ばせるように、充血した目で弁当を凝視している。

 シールの人が次のシールを用意した。しかし店員が巧みに見えないようにシールを貼ろうとしているので、ホームレスは次の動きが取れなかった。のり弁にシールが貼られた。おばさんとホームレスはそのシールを貼った手を引く瞬間を待っている。シールは店員の手が邪魔で見えなかった。

 3分経過。店員は何かを待っているように一向に手を離さない。しびれを切らしたホームレスが店員に話しかけた。
「そのシール見せてもらえませんかねぇ」
「見たら買うのかい?」
店員がそう応えると、ホームレスは一瞬考え込んでから答えた。

「見てから決めるんですよ。見せてください」
「じゃあ見せません」
店員は弁当をまるで自分の物のように見ながら言った。ホームレスが一度引き下がると、今度はおばさんがズンズンと店員に歩み寄った。
「いいから見せなさいよ!」

 店員は一瞬たじろいだが、それでも引かない。
「買うんですか?」
おばさんは今までの怒りを溜めていたのか、考える力などなかった。怒りに身をまかせ怒鳴った。
「私が買うからさっさとそこからどけ!!」
「そうですか、分かりました」店員はあっけなく手を離した。

 おばさんはシールを確認せずに弁当を誰にも取られないように素早く取った。
「やったわ!私のものよ!!」
弁当がおばさんの手によって掲げられたとき、シールがあらわになった。ホームレスの口が開く。

 シールには”弁当10倍価格”と表記されていた。

「ひっかかりましたね」
店員が笑った。おばさんは弁当を手に入れた喜びのあまりシールを確認せずにレジへ向かった。その後、腰を落とし深くため息をついたのは言うまでもなかった。

「結局何も買えなかったか・・・」
もうすでに何もないトレイの前に一人ぽつんと残されたホームレスがつぶやいた。
「あんたは運がいいな」
店員がホームレスに言った。ホームレスは何も答えることが出来なかった。その後、ホームレスはその辺にあるゴミを漁り空腹を満たした。

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