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ため息でアピールする男

「ごめん、おじちゃんと歩いていると恥ずかしいんだ」
 槍のように突き刺さす言葉。相手は子供だが、唯一私を相手にしてくれた大事な友達だった。言葉の意図を捉えることはたやすい・・・“一緒に歩くのは恥ずかしいからもうこれっきりにしよう”。

「ぐ・・・具体的に答えてくれるかな?」
私は訊いた。
「え?あの・・・」
子供が言葉を詰まらせ、後ずさる。それは、答えた直後にショックの受けた私が襲い掛かってくるのではないかと、警戒した身振りだった。私は覚悟を決め、何もしないという意味で軽く頷いた。すると子供は恐る恐る続きを言った。

「・・・だ、だって、おじさん。すごい顔が気持ち悪いんだもん」

 ショックを受けるどころかホッとした。もう分かっているのだ。ガラス越しに映る自分の顔を見るたびに、吐き気がしてくる辛い毎日。もう何十年も生きているから自覚はある。・・・私の顔はこの世のものとは思えない”怖くて気持ち悪い顔”をしている。子供はそそくさに逃げていった。

ものすごい顔

 こう見えても若い頃は、イケメンだった。いつからこんな醜い顔になったのだろうか。それは性格が変えてしまったからだ。あの頃はモテモテで、調子に乗ると人を見下す性格が徐々に帯びてきた。挙句の果てにはホストクラブでナンバー1となって、人間らしい心がますます失われていった。どす黒く優しさのかけらもなくなった私は、それが顔になって現れてくるようになった。鏡を見て顔面蒼白になる。

 周囲の違和感に気づく。すでに遅かった。顔が醜くなっていく度に、人が離れていく。・・・次第に寂しくなってきた。この醜い顔を相手にしてくれたのはたった一人。今逃げていった子供がそうだった。道端でポツンとしていた私を哀れんでくれたのか、友達になってくれたのだ。だが相手は幼すぎた。成長していく過程で知識がついていくと、私と関わると恥ずかしくて損をしていく事を覚える。そしてとうとう恐れていた日がやってきた。それが今日だった。

 

 日が暮れるまで公園で哀れな老人を演出した。試しに倒れて苦しんでいるフリもしてみたが、三流の見え見えの演技は逆効果に終わった。誰も振り向いてくれないので、とうとう私はため息を漏らす。

「ぶへ~~~」

 すると、不思議なことに半径200メートル以内の人が一斉に振り向いた。私に希望が見えた。どうか偶然じゃないでほしい。・・・ため息に演技は必要ない。何せ声に出さないのだから、誰にもできる。この息ひとつで、私がどれだけ苦労しているのか相手に分かってもらうことができるのだ。今までの人生の辛さをこめて大きく息を吸い込む。そして一気に吐き出した。どうか、どうか偶然で終わらないでくれ。

「ぶへ~~~ぶへ、ぶへ、ぶへ~~~!」

 連続でため息をもらした。お腹から思いっきり空気を出す。ふたたび周囲の人がこっちを見た。やっぱり偶然ではなかった。・・・だが、私はこの時、致命的な見落としをしていることにまだ気づいていなかった。

 ため息

腐敗臭

 私の息は、数日間放置した腐った魚のような匂いがする。たった一つのため息で、全員が一斉に反応するのはそのためだった。そのことに私は気づかず、一番反応があった人に距離を詰め、大きくため息をついた。

「はぁ~、どうした、逃げるな。私がかわいそうなんだろ?」

 そいつと視線が合うと、私は心と体両方をそいつに向けた。これが以心伝心というやつだ。こちらが何も言わなくても相手はすべてを分かってくれる。しかし相手は明らかに逃げの体制に入っていた。私が飛びつこうとすると、とうとう相手が逃げ出した。

 ライオンが鹿を追いかけるかのように、何度もくさい息を放ちながら距離を詰める。相手は決死の形相だ。私はその時ピンときた。わざと距離を置くように見せかけ、実は気を引かせているのだと。ますます私の追いかける足に力がわいていく。50メートル、40メートルとじりじりと詰める。

「おいおいそんなに焦らさないでくれ。はぁ~~、ブヘ~ブヘブヘブヘ~~~」

追いかける

視野は狭い。もはや逃げていく相手しか捕らえていない。背景が公園からビル街・・・そして警察署へと変わっていることに私は気がつく余地もなかった。もう少しのところで、私は手錠をはめられてしまう。

「あれ・・・?」
「変質者を連行する!!」
「あれれ?」

連行される

 警察官は時折、鼻を押さえる。そうか、私のため息には腐敗集が漂っていたのか。今頃気づいても遅かった。そういえば、最近はも磨いていないし、不潔な生活をしていた。自業自得だ。

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