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パンツボーイ

 パッツンパッツン。
デパートの下着売り場で、パンツのゴムを伸ばしたり離したりしている音がひきりなしに続く。警備員達がチラチラとそこへ警戒意識を向ける。音の主は、まるでパンツを弄んでいるかのように、音を出していた。

パンツをかぶった怪しい男
「だめだな、このパンツは」
頭にパンツをかぶった怪しい男が、パンツを元の位置に戻した。セールワゴン前で、たった一枚のパンツを選ぶのに一時間もかけている。時折、パンツの山に顔をうずめることもある。
「これはどうだ」
次のパンツを手に取った。まず頭にかぶってみる。フィット感は良好。次に伸縮性確認のため、びろんびろんに伸ばしてみた。最後はゴムの寿命がどのくらいか確かめるために、パッツンパッツンさせる。

「このパンツにしよう!」
ようやく男がパンツを持ってレジに向かった。カウンターの上に乗せる。
「優しく扱ってくれ。パンツはとってもデリケートなんだ」
「は・・・はいお客様。えーと、980円です」

会計を済まし、早速そのパンツをこれみよがしに他の奴らに見せつけながらデパートを後にした。今日は平日だが、バイトを休んだので思う存分パンツと一緒に戯れることができる。まずは新しいパンツをかぶりたいので、今までかぶっていた古いパンツをどうにかしなければならない。

なるべく人気の多いところへ行き、代わりにかぶってくれる者を探さなければならない。捨てるわけにはいかなかった。もちろん売るのも男のポリシーに反する。いや、男の良心が傷つくだろう。しばらく考えに老け込むと、ひらめいて上に向けた左の手のひらに右拳を叩きつけた。
「そうだ、渋谷に行こう」

渋谷

渋谷駅前のスクランブル交差点前で、パンツ男の山田パン太が現れる。今までかぶっていた古いパンツをプラプラさせ、興味がある者がいないか周囲を探る。誰も興味をもたなかった。批判の声。睨みの混ざった白い目。子連れの母は、子供の目を手で覆う。また、偶然パンツに目が合ったものはすぐにパン太に気づかれぬように逸らす。

「誰かこのパンツをかぶってくれ!」
両手でパンツを広げ、大きく声を張り上げた。とうとう痺れを切らす。黙っているだけでは進展がない。
「そうか分かったぞお前ら、呼吸が苦しいんだな。大丈夫だ!通気性は俺が保障する!」
「バカじゃんこいつ」
高校生の集団が言った。パン太を見下すように笑いながら通り過ぎていく。活気溢れたスクランブル交差点で、真っ暗闇の中にぽつんといるような孤独感がパン太を襲った。もうやめようか・・・頭の中でそれが過ぎったあと、向かいの方からパン太の闘争本能に火をつける声が聞こえてきた。

「募金お願いしマース」
犬を連れた子供。盲導犬だった。パン太は思った。わざわざ自ら真向かいで募金活動をするということは、こっちを比較の対象にして、多く募金してもらうという作戦だろうと。子供のほうに次々と金が入っていく。パン太はこれを逆手に利用できないかと考え込む。頭を冴えるようにしたいので、頭のパンツをパッツンパッツンさせ、頭皮に刺激を与えた。

上に向けた左の手のひらに右拳を叩きつける。ひらめいたときにやる癖がまたでた。きっとうまくいく。考えは至って単純だった。募金をしてくれた人をターゲットに絞る。募金をしてくれるということは、パンツに対しても優しさをもってくれる可能性があるからだ。そこでパン太が登場し、誰もかぶってくれないパンツがいかに哀れなのかをアピールする。きっとそいつの心を強く打ってくれるはずだと思った。

「募金お願いしマース」
「大変だね、頑張ってね」
サラリーマンが子供の募金箱に1000円入れた。そこで行く手を阻むようにパン太が現れる。
「うわ、何だこいつは」

パン太と募金の子供

サラリーマンは身動きが取れない。目の前に突然パンツを被った怪しい男からは狂気のようなものが感じ取れた。動けば何かされるかもしれない恐怖と戦っている。
「パンツを被れ」
「え?」
サラリーマンは耳を疑った。パン太は古いパンツを差し出した。断ったら何がくるか分からない・・・と目が語ってる。

「これを被ったら通してもらえますか?」
「いいや、お前は一生こいつを被って生きていくんだ」
「俺には・・・」
「お前は断ることなんてできやしないさ」

パン太は古いパンツを生き物のように見立て、殴った。
「これでもお前は被らないのか!このパンツには生命が宿っている!」
何度も殴りつける。汚くて古いパンツはさらに汚いものになってしまった。
「いいのか放っておいて。かわいそうだと思わないのか?」
「勘弁してください。分かりましたよ、被ればいいんでしょ?」

パン太は手を止めた。古いパンツを思いっきり広げ、サラリーマンの頭に被せてやった。
「似合うじゃないか。呼吸は大丈夫か?」
「は・・・はい大丈夫です」

そしてサラリーマンはパンツ男となった。おしまい。

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