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人間蟻の巣日記

1月1日

「明けましておめでとうございます!」
返事はない。相手は働いているアリさん達。こんな暇そうにしている俺なんて相手にしてくれるわけないか・・・。
でも、羨ましいな。みんなで協力して働いているんだから。

1月10日

「俺も仲間に入れてくれ!」
蟻の行列は何事もなかった様に、巣へ向かって進んでゆく。目線の先からは完全に俺が外れている。まったく相手にもしてもらえない、寂しいぞこんにゃろ。

1月15日

「すいません、駅はどこですか?」
おばあちゃんが道を尋ねてきた。相手は久々の人間。新鮮な気分だが、俺は人間と話すのが嫌いだ。それは考え方が俺と全く同じだからだ。アリと接するようになったのは、違う考えを持った方と接することで自分を変えたいから。そりゃ他にも生き物はたくさんいるだろう。だが俺にはどうしても蟻しか好きになれなかった。そう、何よりもあの仲間と連携して働いているのがカッコよく見えたから。
「駅はあっちですよ」
「ありがとね」
俺はおくびにも出さなかった。

2月1日

相変わらず、蟻の巣を眺めている日々。
そういえば最近痩せてきたな。蟻の巣に夢中だからか。何か食べないと。

4月1日

いつものように蟻の巣を眺めていると、不意に一匹の蟻が俺の体を登ってきた。
「ど・・どうした?」
それも一匹ではない。2匹・・・3匹・・・10匹・・・行列自体の目的が俺そのものだった。これから何が起こるんだろう。俺は不安に刈られながらも、・・・それよりも、ようやく蟻に相手にしてもらえた安堵感が凌駕していた。

俺の体の中で何が起きているのだろうか?
気が付くと俺は、全身に穴が開いていた。
「う・・・・うわあぁあ何だこの体はっ!」
一見、それは巨大なホクロに見えるが実際は蟻の巣である。ここから人生が180度変化する。

4月15日

蟻の巣人間鏡で自分の体を見てビックリ。
俺の体はここまで変化していたのか。

肌で感じる蟻の足跡。
もうわざわざ蟻の巣まで行かなくていいんだ。

ただ、まだこの体に慣れるまで時間がかかりそうだ。

4月17日

俺の体を駆け巡る蟻達。たまにどこかしら痒くなってくるが、二日目でようやく慣れてきた。体に穴が開いていると人に見られたら恥ずかしいが、蟻の生活と一体化できたのでなんだか嬉しい。

穴が増えたときに痛みがでることはない。

4月18日

通勤電車。一応衣服で穴を隠せるが、夏場は厳しそうだ。周りの様子がなんだかおかしい。穴をちゃんと隠しているのにどうしてなのが、原因が分からない。多分、穴から漂う蟻の運んだ餌の匂いだと思うんだ。明日からファブリーズか香水で対策を練ることにしよう。

電車の中

4月20日

通勤時の問題は、結局解決しなかったが、仕事には支障がないからよしとしよう。・・・・職場ではPCによる簡単なデータ入力だが、窓際席で一人寂しくぽつぽつとやっているので、問題なし。

4月21日

蟻が俺の体の生活に慣れてきたのか、穴にとんでもない餌を運ぶようになってきた。毛虫が体の中に運ばれていくのには一瞬、背筋が凍りついたが、それも暫くの辛抱だ。別に命にかかわる毒に冒されるわけじゃないんだから。いつもどおり慣れの問題。

毛虫

5月1日

うっかりやってしまった。マックでおつりをもらうとき、手に毛虫がいたので店員が凍りついたのだ。もう少しで店員の手に毛虫がくっつきそうだったよ。その場ですぐに謝ったが、きっと誤解されているだろうな。いたずらだって。

5月8日

通勤電車。ようやく原因が分かった。原因は俺の体から出てくる毛虫と蟻にあったのだ。この日、俺は初めて蟻に対して不満を持ちはじめる。でも蟻に言葉は通じない。・・・どうしよう。

満員電車

5月13日

本当にこれでいいのだろうか?俺と蟻にとって本当の幸せとは?そんなことを考えているうちに実家から突然電話がかかってくる。

「あんた、もう30なんだから結婚とか考えたらどうなんだい?」

5月15日

お見合いパーティに参加してみた。
しかしこの日、最大のトラブルに見舞われる。アリが一斉にケーキに飛び出ししたのだ。こいつら、甘いものに目がないんだな。途中で周囲の白い目が集中していた事が分かった。恥ずかしい。

お見合いパーティの図

みんなに迷惑をかけてしまった、せっかく高い金払って参加したお見合いパーティもアリのせいでおじゃんに。誰もケーキに手をつけるものはいなかった。

5月31日 手術

お見合いパーティの翌日。俺は一日中悩んだ末、このままではよくないとようやく悟った。人間なんだからアリではなく人とかかわりを持たないといけないんだ。
そして今日、アリの巣とお別れすることに決めた。

これからが本当の人生だ。

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