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自殺スポット

 私は部屋の暗がりで毎日インターネットしている。コミュニティサイトを介して、世間から見放された者達と、世の中に対する不満や怒りを議論し合っている。そんなくだらない事に時間を費やし、気がつくと時計の針は夜中の3時を指しているのもざらではない。
私が平静を保っていられるのはこの生活のおかげだ。

1年前、会社をクビになって以来だ。日雇い派遣を転々としていては、オッサンどもから番号呼ばわりされ、遠慮なくこき使われる。それでもなんとか家賃をはらっていける生活は確保できている。そのかわり多額の借金を抱えてしまった。
日雇いの生活に耐えられない私は、一攫千金を夢見て株に手を出す。その時に同時に手を出したのが闇金だった。

 

突然、けたたましくい音をたててドアが叩かれた。
「輪廻田さん、いるんでしょ~?」
今日も借金取りがやってきた。こいつらは必ず複数でやってくる。借金が返せないとなると、多額な利子を上乗せして、そして私に何発か蹴りやパンチをかまし、何事もなかったかのようにその場をさっていく。
もともと200万だった私の借金は、今では2000万まで上がっていた。

ドアが開いた。鍵はとうの昔に、既にこいつらに壊されているため、簡単にドアが開くようになっている。借金取りは3人いた。先頭にいるヤクザ風の若い男が私に飛びかかってくる。腹を空かせていた野獣ように。
「輪廻田!!」
私は殴られるだけの人形だった。抵抗する気力もなく、今度はいくら借金が跳ね上がるのかビクビクしているだけだ。
顔、腹、殴られ放題。私は痛みをこらえながらも、どうにか口を開き訊く事ができた。
「・・・いくらだ?」

初老のいかにも偉そうな感じの借金取りが答えた。
「輪廻田ちゃんよ、あんた生命保険かけろや。お前の借金は今日で3000万だよ」
「そ・・・そんな」
訊かなければよかったと後悔する。その翌日、・・・・私は死を覚悟した。

 

 

死を覚悟した私に運命的な偶然の出来事が起きた。コミュニティサイトの掲示板で、気になる書き込みがあった。
”知ってる?年間100万も自殺してる自殺スポットって”
私は身を乗り出すようにモニタに近づき、目を見開いた。そんな所が本当にあるのだろうか?半信半疑のまま、私はその書き込みに返事をした。
”本当にそんな所があるのか?”

送信ボタンを押して書き込みが完了すると、同時にリロードも開始され、いつの間に何人もの人が私と同じ質問をしていたのが分かった。私の書き込みはその山に埋もれてしまったが、ユーザー同士の話はトントン拍子に進む。最終的には”自殺スポットに行こう会”というオフ会がその場で企画された。皆、本当に死ぬ気があるのだろうか?それともただの観光なのだろうか?どちらにしても人生を捨てたい私にはうってつけだ。
そんな大勢の仲間がいる自殺スポットがあるのならば、私は喜んで死にたい。
オフ会の日時、集合場所の確認をすると、苦しみから解放されるを待ちわびながらパソコンを閉じた。

そして当日を迎える。

 

自殺志願者6名が集合場所と決めたのは、ある地域の、ある郵便ポストの前。その理由は、その血のような赤みを帯びた郵便ポストが、死と関連付けられるため、モチベーションが上がるからだ。
全員が集まると、企画発案者らしき男が自己紹介に出た。
「この企画をたてた森嶋だ。参加してくれありがとう。これだけの人数がいると心強い」
私は森嶋の目を見た。死を覚悟した目。それは私含め、他の5人も同じだった。このメンバーなら一緒に自殺ができるという確信がもてる。

「では、行こうか。同志達よ」
皆同時に頷くと、森嶋の後について行った。例の自殺スポットまでは歩いて10分もかからない所にある。
歩いていると、私は不思議な気持ちに駆られた。およそ20分後には死んでいるというのに、なぜこんなに足が淡々と進むのだろう。むしろ今まで背負っていた”クソつまらない人生”という荷物をやっと降ろせるため、かえって気が楽だ。

 

自殺スポットに辿りついた。それは森嶋が言わずともすぐに見て取れた。絶壁付近に散乱している靴の数が半端ではない。そして、先に来ていたサラリーマン風の男が、死を覚悟して立っていた。
そいつは瞬く間もなく、奇声を上げながら飛び降りて行った。気のせいだろうか・・・そいつは最後に自殺とは全く符合しない不自然な言葉を発した。それを私は辛うじて聞き取れた。
”また飴かよ”と。

どういう意味なのだろうか。しかし実際に絶壁から見下ろさない限り分からない。森嶋が頷く。実行開始の意味だ。6人、足を揃えて絶壁に少しづつ歩み寄る。それぞれ手前で横並びになって見下ろすと、信じられない光景に目を疑った。
同時に人気が出る理由にも納得がいく。

自殺スポット

「こいつはすげえな」
森嶋が吸い込まれるようにそれを見た。ハズレて死ぬか、当たって一億か。
うまく一億円のところに着地すれば、大金持ちになれる。

そして私達は1億円ゲットを夢に飛び込んだ!

おしまい。

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