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ゴキブリマニアフォース

明日からは新入社員として社会人生活が始まる。
皆、解ってくれるかどうかは不安だ。俺という人間を。
だがや生きていくためにはらなきゃいけない。

今、俺は飯を食っている。ぐちゃぐちゃと音を鳴らすと、
口の中に群がってくるのだ。黒い奴らが羽を大きく広げて。
呼んでもいないのにやってくるその姿には、親近感を通り越して
まるで自分の一部のように感じてしまう。

今、俺の口の周りは真っ黒になっている。別に海苔を食いすぎて黒く
なったわけではない。黒い奴ら・・・そう愛するゴキブリ達が異常なほどに
群がっているから黒いのだ。

「おい、俺の口の中でフンを出すな」
ゴキブリ達は便器のごとく、が俺の口の中に糞をしてきた。
おいおい、俺に慣れるのはいいけど、やっぱりフンはトイレか外でしてほしいよまったく。
「ペッ!」
俺は台所に大量のゴキブリの吐き出すと、そのまま寝室で寝た。

翌朝。
「うぐぐ!」
息ができない。なんだこれは。
口の中に小豆がたくさん入っているではないか。一粒吐き出す。
この目で確認してみるとゴキブリの卵だという事が分かった。
「しょうがないな。また俺が面倒見てやるよ」
俺は嫌々ながら飲み込んだ。

胃の中で大きな生命を感じる。
責任重大だ。無事にゴキブリが俺の口から生まれてくるまでは、
刺激物を与えるものは食えない。
だが、幸運にもゴキブリは、俺の胃の中からだと生まれるのが早い。
「さて、支度を整えるか」

 

初めての出勤だ。家を一歩出ると、偶然外にいた近所のおっさんが俺を見て逃げた。
なぜなら俺の体中には今、ゴキブリ達が駆けずり回っているからだ。
スーツを纏ってはいるものの、あらかじめかけておいたタマネギの香水が
ゴキブリが寄ってくる原因となっていた。

「さぁ、出勤だ」
俺の名はゴキ長。俺の人生は、ゴキブリマニアを軽く通り越し、それは言葉では
表現できないものとなっている。

電車の中では混んでいるものの、自動的に俺の半径3メートルには人が寄らない。
それにしても胃がかゆい。会社に着いたらすぐに生まれてきそうだ。

 

9時前だ。会社に入ると、異様な雰囲気が俺の周囲を取り囲んだ。
人間たちのゴキブリを攻撃するような鋭い視線は、俺にも痛いくらいに伝わってくる。
「く・・・」
俺がこれから世話になる部署は2Fだ。エレベーターに一人で乗る。
2Fに上がり、エレベーターの扉が開くと、目の前に現れた女性が叫んだ。
「キャーーーー!!!」
叫び声とともに、逃げ出した。逃げた先と俺の目的地は一緒だ。かまわず前進する。

ポトポトとゴキブリの糞を落としながら。
しかしこのゴキブリの糞が結構役立っていた。パンくずと同じで、
自分が歩いたところが分かるようになっている。
「さて、入るか」
さっきの女性にまた叫ばれると厄介かもしれないが、俺は迷わず扉を開いた。
この扉の先が俺がこれから世話になる、名刺作成担当部署だ。

「キャーーーーー!!!」
俺に注目が集まった。しょうがないから俺も一緒におどろいてやる。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
こうやって同調の意をあらわにしておけば、自然とこれからの同僚と仲良くなっていけるだろう。
「なんだよお前!」
一番近くにいた弱そうな奴が言った。

「ゴキブリはたくさんついているが、害はない。そのかわり
精一杯お前らと仲良くしていけるという自信がある!!」
「なんで?」
「今日からここで働くからだよ」
「新入社員・・・ってお前のことなの?」
暫く沈黙が走る。ゴキブリ達もこの雰囲気には慣れていないのだろうか
なぜか動きがおとなしい。

その時、9時のチャイムがなった。係長が入ってきた。
「おはようみんな!お、ゴキ長君、ちゃんと来ているね
自己紹介を頼むよ」
係長に促され、俺は皆の前に立つと、自己紹介を始めた。

「はじめまして。僕の名前は御貴田ゴキ長といいます。
趣味は、見ての通りです」
誰も頷かない。そして、一匹のゴキブリが触覚をピクッと動かすだけで
必ず女性の何人かが嫌な顔をする。こんな雰囲気のままでは仕事はやっていけない。俺が頑張って氷のような雰囲気をホカホカふとんのような雰囲気に変えてあげないと。考えをめぐらせた。

「今から芸をします・・・」
その時だった。タイミングが悪すぎた。
「うっ・・・生まれる!!」
俺は大きく口を開いた。孵化したゴキブリたちが大量にでてくる。

「キャーーーー!」
「うわーーー!ゴキブリだーーー!」
まだまだでてくる。どんどんでてくる。部屋はすでにゴキブリまみれだ。
今のうちに誤解を解いておかないとあとでとりかえしがつかない。
俺は大きな声で言った。
「みんな誤解だ!俺はこんな芸をするつもりで言ったんじゃない!
本当は違うことをするつもりだったんです!!変なおどりをします!」

へんな踊りを始めた。足をカクカクさせ、手をブランブランさせる。
しかしすでにパニック状態となっているこの室内には、なんの効果も
もたらさなかった。俺はクビなのだろうか?
唯一冷静な係長に訊いてみる。
「係長、俺クビですか?」
「まずキミの作った名刺を見せてくれ」
意外な答えだった。こんなに周りに迷惑をかけているというのに。

俺は名刺を取り出そうと自分のカバンを開ける。ゴキブリがバッサバッサと
破裂した黒パンのようにでてくるが、迷わず名刺を取り出す。自信作だ。
「これです」
係長は名刺を受け取るとじっと見た。暫くして、ゆっくりと口を開いた。
「採用されるだけの事はあるね。ゴキブリのことは問題だが、
これだけすばらしい名刺を作れる人は他にいない。仕事を頼んだぞ」
「え?いいんですか」
「かまわないさ。見ろ周りを」

ハッとして俺は周囲を見回した。あれだけ騒いでいた皆が不思議なことに
優しい目をこっちに向けてきてくれているではないか。どういう事だろう?
係長が俺の肩をポンとたたく。
「この部署はなくなりそうなんだ。だがこれだけ素晴らしい名刺を
作っていけば、まだやっていけそうだ。いや、逆に他の部署よりいい業績を
狙えるに違いない。頼むぞゴキ長」

拍手の嵐。キャーキャー騒いでいた部屋が拍手の嵐になるなんて
ついさっきまではまったく想像もつかない。思わず涙がでる。
「こんな異常な俺でもやっていけるのか・・・・」
「ああ、仕事ができるんだったら、大歓迎だよ!」

 

それから一ヵ月後、この部署は大きくなった。

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