fb
文字のサイズ フォントを小さくする 現在の文字の大きさ フォントを大きくする
bargerIcon

世界一汚いコンビニ

ドラゴンカナブンというコンビニがオープンする直前。店長とスタッフのドタキャンラッシュに見舞われた。面接ではそんな様子はおくびにも出さなかったのだが、うまく出し抜かれたようだ。まれにあるひやかし面接だ。その電話が来たときは、微かに笑い声が聞こえていた。全員グルだったのだ。

 翌朝、オーナーは開店目前を控えたコンビニの前で必死に思考を巡らせたが何も出てこなかった。入り口付近でホームレスのグループが虚ろな目でこちらを見ている。3人いる。彼らの考えは読み取れないが、ふと思考の片隅で何かが過ぎった。こいつらにコンビニの店員をさせてみようか?危険な賭けだったが、人が集まらないよりかはマシだと思った。

コンビニオープン

 ホームレス達は快く受け入れてくれた。オーナーは彼らにコンビニを任せることを告げると、その場をあとにした。給料がもらえると知った3人のボルテージが一気に高まる。金への執着心が半端ではない。
「おう、団子村。ここって賞味期限切れそうになったら食ってよさそうだぞ」
ホームレス暦の長いベテランの五味山が言った。五味山は45歳だが、団子村はまだ18歳の若手だった。学生真っ只中、本人の性格が問題で家庭で大きな問題を起こしてしまい、家を追い出されたらしい。

「新品の床は美味しいなぁ」
部屋の隅で床をペロペロなめている犬のような大柄な男が言った。名前は犬山、60歳。店長に抜擢された理由は単に見た目が良いからだった。犬のような顔が頼れそうな印象を与えている。ただ、この男に二人をうまくひっぱっていける力はなかった。
開店5分前になった。ドラゴンカナブンは無名のコンビニ。店の前で並んでいる人は一人もいなかった。それでも3人のテンションはヒートアップしてきている。
「おおおおおお、こいつはやる気が出るぞぉおおお!いらっしゃいませぇ!!」
団子村が吼えた。かつてスーパーマーケットでレジ打ちに奮起していたときの記憶がよみがえる。

「ちょっとトイレ」
五味山だった。オープン前だが、待っている客はいないので問題なさそうだ。
「おうジジイ、すぐ済ませろよ」
団子村が年上に向かって偉そうに答えた。

 午前7時。あらかじめ開くように設定されていた自動ドアが稼動した。通りがかった客が流れるようにして店内に入っていった。五味山が挨拶をする前に、トイレの奥で大砲のような音が鳴り響いた。
「ドーーーン!!」
客が足を止め、トイレの方に向きを変えた。この音は、団子村が用を足しているときのものだが、あまりにも大きな音のため、一度聞いただけでは判別しにくい。団子村があわててフォローに入る。

「奥でガキがゲームしてんスよ」
「そうか、ガキが。しょうがねぇな」
その場をなんとか凌ぐことはできたが、音は一向に止まなかった。
「ドドドドド!!ドッカーーン!!」
さっきとは別の音が鳴り響いた。客にはばれていない。

「うおおおおお!」
団子村が吼えた。客に気づかれる。何をしているのかまでは悟られていないが、少なくともこの声が子供のものではないということだけは確かだった。五味山が再びフォローする。
「ゾンビ退治ゲームですよ。多分、ゾンビがやられた時の声っすね」
「何だ、ゾンビの叫びか」

 五味山が安堵の息を漏らした次瞬間、積み木が崩していくように団子村がそれを台無しにした。
「紙が足りねーーー!!!」
言ってはならない言葉だった。言い逃れはできない。
「紙?」
「メ・・・メモする紙じゃないんでしょうかね?最近のゲームは謎解きが多いから、メモを・・・」
「帰る」
そもそもトイレでゲームをすること自体が不自然だった。客は表情を変えずにコンビニを後にした。怒りよりも呆れている。

10分後、団子村がようやくトイレから出てきた。次の客はまだ入ってこない。
「あー、すっきりしたー。痔になるかと思ったよ」
「五味山、トイレは静かにやってくれよ。客を逃してしまったじゃねえか」
「わざと大きな音をだしたんだ。ほんのあいさつがわりだよ。よくあるじゃないか。お前も誕生日に大きな音や声で祝ってくれると嬉しいだろ?だから俺は精一杯大きな音と声と汚物を出して客に祝ってやったんだよ。せっかくの一人目の客じゃないか」
「そういうことか」
頭の悪い五味山は納得した。

「さて、着替えるか」
何事もなかったかのように、団子村は次の行動に入った。いつ客が入ってくるか分からない状況の中でおもむろに服を脱ぎはじめる。どうやら服に汚物がこびりついていたらしい。
パンツいっちょになったその瞬間、次の客の気配がした。入り口の自動ドアが開く。団子村はすぐに気づいたがもう遅かった。
「キャーーーー!!」
「誤解だよ!着替えてるんだよ!」

 客がコンビニを出て逃げ出す。団子村はパンツいっちょのまま追いかけた。
「おい、団子村。それじゃただの変態だぜ!せめて服を着てから追いかけたらどうだ!」
五味山の声は団子村に届かなかった。もう遅い。

「待ってくれ!誤解なんだ!」
客に声は届かない。諦めて渋々とコンビニへ引き返した。中で五味山がヨダレを垂らしながら陳列された弁当をじっと見ている。団子村に気づかない。
「五味山、お前まさか・・・」
止めようとしたが遅かった。五味山は弁当箱に手を伸ばすと一気に中身を全て飲み込んだ。一口も噛んでいない。ふたつめに手を伸ばす。団子村が止めようとしたが、その手を振り払われた。五味山の理性が完全に失われている。かつて弱肉強食だった世界を思い出させる。弁当はあっという間になくなっていった。

「あ・・・やっちまった」
正気に戻ったのは、最後の弁当を食いつくし、次の弁当がないと分かった時だった。
「お前、まともだと思ったら意外とダメだな。俺のパンツいっちょよりタチが悪いぞ」
「歳をとると理性が狂うんだよ。これでフィフティフィフティだな」
団子村の肩を五味山が叩く。店長の犬山は相変わらず床をペロペロ舐めている。旗から見ると気持ち悪いが、床掃除をしなくて済むのでそれなりに役立っている。

「客だ!」
五味山が三人目の客が入るのを確認した。まだ小さな子供だ。団子村がすぐさまカウンターで待機する。すぐに、カップラーメンが置かれた。
「これ、ください」
カップラーメンを目の当たりにした団子村が再びヨダレを垂らす。
「いただきまーす!!」
バリバリと豪快な音を立て、子供の目の前でカップラーメンが一瞬にして空になった。そのまま物欲しそうな目を向ける。
「おかわり!!」

「あの・・・それ僕が食べようと・・・」
「おかわり!早く!!」
団子村が子供に怒鳴るようにしてねだる。食い物を目の前にすると、相手が子供であっても容赦ない。今、団子村は店員であって子供に商品を売らなければならない・・・という本来の目的を完全に忘れている。理性のない猿のように。

「うわぁああああんん!!」
泣き声とともに、逃げるように子供が店から消えた。
「おいおい、おっさん何やってんだよ」
五味山がそう言って舌打ちをした。その後、新しい弁当の仕入れがあった。団子村がふたたび手を伸ばすが五味山がそれを制した。
「もう食うな」

犬田、動く

 突然犬田が床の匂いをクンクン嗅ぎ始めた。そのまま入り口のほうから出て行こうとした。
「どうした店長?」
「ワンワン!!」
それはここ掘れワンワンのサイン。五味山がその意図に気づいた。
「なるほど、入り口に穴を掘って客を集める寸法か。確かに脚は入り口から入るからな。でも、コンビニの中に入ってすぐ引き返すやつだっている。だが、穴を掘ればその心配もない」

 全員で穴を掘り始める。コンクリが硬いので、五味田と団子村は穴掘り機を使って作業は進めた。犬田はただそれをじっと上から見ている。30メートル程深く掘りあげていくと、犬田が不気味な笑みで上から見下ろした。
「罠にかかったなお前ら」

 その瞬間、二人が穴から出られなくなった事に気づく。犬田はあらかじめ用意しておいた、穴埋め用の土を持ってきた。
「くそ!犬山、こんな事してタダで済むと思うなよ」
叫んだ五味山の口はすぐに、上から降ってきた土に塞がれた。
「このコンビニの食料は俺のものだ。誰にも邪魔させないぜ」

 そして、一ヵ月後、犬山のコンビニとなった、ちゃんちゃん。

戻る